EP07~狂騒の面影~
EP07-零:紅の残光
不思議な記憶の
薄暗い屋内に立ち込める
「
通話機に吹き込まれるのは、男の笑い声。それが
逃げ出したいほど恐ろしい状況でも、
古ぼけたソファに無造作に放り出されたまま、ただ残忍な笑みを浮かべる犯罪者たちを前に震えるしかない少女。その瞳が捉えるのは、通話機を握る男の
「どうせ警察も近くにいるんでしょうから、先に伝えておきますよ。お嬢さんの首には時限爆弾を仕込んだチョーカーを付けさせてもらいました。私の合図一つでドカンですからね? もちろん私が意識を失ったり死んだりしても……ね?」
父親を脅迫する男は、
「大丈夫ですよ、博士。そちらは隕石の破片を持ってくるだけ!」
「研究所は何か言うかもしれませんが、娘さんの
そうして、男が狂気じみた笑みで通話を終えると。
「良かったですねぇ、お嬢さん? パパが迎えに来てくれるそうですよ? まあ、ここでパパと一緒に死んでもらうんですけど、ね?」
言葉の意味をゆっくりと考えるまでもなかった。
「実はこの爆弾、外すのは不可能なんですよ。〈スポンサー〉様のご要望だから仕方なくてねぇ? だから、君たち親子は抱きしめ合った瞬間に、ドカーン! ってわけ」
完全な劣勢、絶対に存在しない脱出口。助けに来る父親も
逃げ場なんてない。それくらい、幼い身でも察することができてしまって。
それでも少女は泣かなかった。
泣くことすらできず、父の言葉が脳裏でリフレインしていた。
(正義の味方はね、本当に良い子のところに来るんだよ)
テレビで見た
泣いている誰かを助けにやってくる正義の味方。そんなフィクションの英雄など会ったこともないけれど。もし、こんなピンチの自分を見つけてくれたなら。
本当に、助けてくれるのだろうか。
「あん?」
不意に、この広間を照らす小さな明かりが消え失せる。ただでさえ暗闇では怖くて眠れないような少女にとっては、最後の希望が消えてしまったような恐怖。
「おい! 誰かブレーカー確認して来い! ったく……」
さっきまでの余裕が
その薄闇の中、聞こえたのは
「おい、何やってんだ! 遊んでないで、さっさと電気を……」
男の声を
少女の視界には、ひらりと舞う紅のマント。いや、あの細さはマフラーだろうか。
「侵入者だと⁉ くそがっ‼」
ライターの
だが。
「ぐふっ……⁉」
一人、また一人と倒されていく音だけが場内に反響する。その度に、あの紅の
ナイフを
どうしてか少女の目には、そんなものが映っていた。
「どこかのエージェントさんよぉ、この小娘が
長い髪を乱暴に掴まれた少女は、その首を
『
そのとき、唐突に首が軽くなるのを感じて。地面で鈍い音を立てたのは、さっきまで自分を縛っていたはずの爆弾チョーカー。
「な……勝手に取れただと⁉ 解除コードなんて存在しないはず……ごふっ⁉」
少女を襲ったのは、初めての浮遊感。自分を盾にしていた男が倒れたのだと気付いた時には、もう遅くて。今か今かと、硬い床が眼前へ迫ってくる。
激突の寸前、
しかし、その身に来ると思った痛みはなく。代わりに、ただ力強い温もりがあった。
開いた瞳に映るのは、燃え尽きた
どうしてか、怖いという気持ちが失せていくのに、涙だけが
そっと涙を拭ってくれた大きな指。言葉はなかったが、しかし意味することだけはなんとなく理解できたから。
「あなたは、せいぎのみかた?」
そう
びくりと指が
「パパのゆめ、まもってくれる?」
思いついた願いをそのまま口に出す。
その言葉が、いったいどんな意味を持つかも考えられないまま。
「君が、これを奏で続けてくれるなら」
返ってきたのは、鋭い刃のようでありながら、けれど、とても温かな声。
差し出されたのは、ヴァイオリンのケース。父親が買ってくれたばかりの誕生日プレゼント。彼女の宝物で、父親との約束が詰まった大切なもの。
「やくそく?」
「ああ。約束だ」
どうしてか、少女の記憶はそこで途切れた。
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