EP06-陸:極限の一手
かつて隕石の落下で
こんな閑静な場所に、数ヶ月前に建てられた研究施設。ここに巨額の資金を投じた大企業である〈
受け取った警察が、本当に単なる「新型宇宙服」と思っているかは知らない。あちらに入り込んでいるだろう〈スポンサー〉側の人間が手引きしただけか、それとも何か警察上層部にも思惑があるのか。
無論、オレにとってはどちらでもいい。
ここにある設備を叩き潰せば、あの鎧を整備することも、まして量産することもできなくなるのだから。
『少年、セキュリティのハッキングに成功した。道順はこちらで指示を出すから、その通りに潜入してくれ』
脳内で響く女主人の声に
なるべく〈
『右側、四つ目の柱を確認してくれ。そこから地下深くに行けるはずだ』
バイクを停めて、言われた場所に近づいていく。一見すると何の変哲もない支柱のようだが、
電子音と共に、一人分がやっと入れる
罠の可能性は否定できない。ここまでスムーズに進みすぎている。しかしここまで来て逃げ出すわけにはいかない。
オレにはここで、やることがある。
踏み出した暗闇の先には、
執着点にあったのは、大きな門。いかにも兵器開発工場という無機質さだった。
『ゲート横の認証システムをハッキングするから〈クモ〉を近づけてくれ』
指示に従って左腕をかざす。カードを読み込んだり指紋を認証したりするだろう機械に向けられた〈クモ〉が、赤外線で情報をやり取りする。
待つことほんの一分で、ヘルメット越しの
あまりに
「……?」
視えてきたのは、白い
向こう側にも扉らしいものがあるところからして、ここは試験場か何かだろう。出来上がった商品をテストするには順当な大きさのステージだ。
慎重に足を踏み入れた瞬間。
「ッ⁉」
間一髪、飛び込んで場内に転がり込む。振り返った先、落ちてきた槍の群れが
「赤マフラー! 対テロ特別措置条例に基づき、拘束する! おとなしく
勢いよく開いた反対側の扉からは、怒号にも似た勧告。
見ればプロテクターに身を包んだ刑事がベルトを構えている。
『
この状況を見ているオーナーが思わず口に出した声には、どうしようもないほどの
おそらく、これも〈ネクロ〉が仕組んだ罠。オレたちを対面させて、殺し合わせる。どうせどこかで高みの見物でもしているのだろう。オレがこの男を殺しても、この男がオレを殺しても、あいつが喜ぶ結果でしかない。
「投降の意志なしとみなし、実力を行使する!」
ベルトを巻きつけるその姿を見つめながら、息を整える。男が胸の前で組んだ十字を
思い通りにはさせないぞ、〈ネクロ〉。
「ミッションコード……
『
引き出した力を鎧として
「ミッションコード……変身」
吐き捨てるように放った声に反応した〈
オレにできることは、一つだけ。
真正面から向き合って、この悪魔の産物を……壊す。
「イクス・フォー、戦闘行動に移行する‼」
叫びと共に、銃弾が舞う。立て続けに撃ち出された高威力の
その軌道を読み切って、最小限のステップだけで
「何で当たらねぇんだよっ⁉」
この弾丸は、一発でも当たれば武装を崩されることは必至。それは前回の戦いで身に染みている。防御と回復に使うナノマシンなどないオレにとって、こんなものに手間取っている余裕はない。
「しゃらくせぇ‼」
銃をかなぐり捨てた右手。間髪入れずに空いた
『
「はぁ……⁉」
腰に回転を加えながら、左足の武装『H』……〈バッタ〉での
『
「ぁ……⁉」
空中で無防備な相手の足に向けて、左腕の武装『S』……〈クモ〉を向ける。その口から吐き出されるのは、形状記憶合金の糸。瞬時に装甲の薄い足首を絡め取り、電撃を流し込む。
「くっそ……てめぇ⁉」
右足の自由を奪われたはずだったのに、それでも倒れたところから体勢を立て直している。あの機械的な動きからして、鎧に搭載された人工知能の補助か。もしくはシステムを使うために肉体にも何か細工がされているのか。
やはり悠長にはできない。電流も多くのナノマシンを食う以上、ここは〈クモ〉を引き上げて、次の手に移行しよう。
『
「逃がすかよっ!」
『
射出されるのは黄金に輝く二対の角。その〈クワガタ〉を模した武装は、逃避行を許さない捕縛装置として、空中のオレを狙う。
『
腰からの回転で軌道を変え、そのまま右腕の武装『W』……〈ハチ〉の針を屈強なアームへと突き立てる。
ワイヤーとの接合部に流し込んだのは、腐食性の毒液。
そちらのシステムで編み上げた武具なら、注入されるオレのナノマシンは耐え
「ふざけやがって……くそっ⁉」
武装を放棄したのを目視する。ワイヤーを通じて流れてきた毒素を感知したのは、やはりシステムの方だろう。
「まだこいつがあるんだよ!」
『
右腕を
その隙を逃してやる理由はない。
『
この左足に込められた最大出力を解放する。
床を蹴り上げ、天井から壁まで使う高速移動の連鎖。常人の目では追いきれない速度で
「くそ……ちょこまかと⁉」
内臓が焼けるような錯覚。
ダメだ、まだ耐えろ。もっとだ、もっと
奴の視線はオレを視界に捉えている。タイミングを見て銃を取り戻そうと狙っているのがわかる。動きを
もう少し、あと少しだ。
奴の人工知能がオレの動きを予測するその一瞬が、勝負だ。
「視えたぜ……そこだぁっ‼」
それが。
「嘘だ、ろ……っ⁉」
切り裂いたのは、オレの下を
最適なルートだけで動き続けたオレの結界から、あの人工知能は最適な攻撃ルートのみを算出して反撃してくるはず。
その一瞬、極めて
そんなことにまで頭が回らないまま、白銀の鎧は硬直して動けないでいる。
「ごふっ⁉」
その
だが、ここで止まってやる気はない。
『
満を持して、右足の二刀を持つ武装『Ⅿ』……〈カマキリ〉を解き放つ。左足を軸にした回転力で打ち出すのは、キックに載せた風の斬撃。
「がっ……あぁぁぁぁ⁉」
銀色の暴風を帯びる
この鎧のシステムは、両手両足とベルトの合計五つのポイントに配置した〈コア〉を通じて
吹き飛ばされた相手の姿を注意深く観察する。
「ぐ……そ……がぁぁぁぁ!」
どうやら、敵もそれなりに対策はしておいたらしい。砕いた部分の装甲が
やはり右腕のプロテクターににも傷を与えなければ破壊は困難と見える。
「てめぇには……絶対……負けねぇ‼」
ここまでのダメージでも、立ち上がってくるのか。
大神正仁という人間の胆力か、それともシステムによって与えられた補助機構か。あるいは両方、と考えられるが、やはり納得したくはない。
「てめぇみたいな悪党に、刑事の俺が、負けるわけには、いかねぇんだよっ‼」
『
無理矢理に押し込んだボタンで、ベルトから右腕の装備へエネルギー充填が始まる。
体内に〈
だとしたら、余計にこれ以上は使わせられない。
「それがお前の本当にすべきことだと言うのなら……来い」
『
こちらも無理を承知で左足にナノマシンの供給を開始する。
最悪、補助の要である〈バッタ〉なしで奴と戦うことになるが、構うものか。ここで、この正義の味方を殺すくらいなら。
「この街は、俺が……守るんだぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
突き出される剣先に載せられた想いを、それでもオレは
お前が本当に向かうべき先は、こっちじゃないから。
「はぁっ‼」
空中一回転から、足先を突き出していく。脳裏を危険信号の赤色で埋め尽くすこの熱を、その正義漢に伝えるために。
瞬間。
「ッ⁉」
「ぁっ⁉」
開いた天井から高速で落下する物体に、二人同時に息を呑む。
人間大のカプセル。詰められた何かはわからないが、そこから
カカオの
この場面で、単にチョコレートの原料が詰められているはずもない。その意味するところは、たった一つ。
待て。この軌道ではあの剣、彼女を押し込めた
それだけは、させない。
『
強引に腰を動かして左腕を突き出すと同時に〈クモ〉の装甲ごと撃ち放つ。オレの意志を汲んでくれるオーナーの傑作が、落下する機械仕掛けの
瞬間。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
「ぁ……」
何か鋭いものが、オレのベルトを切り裂いたのがわかった。
自分が地面に放り出されて、壊れた人形のように動けなくなったことだけしか、理解もできなくて。
「はぁ……はぁ……はぁ……やった、のか……?」
遠くから、声がする。
ああ、あの男は、無事だったか。
「勝った! 俺はついに、赤マフラーをぶっ倒した‼」
そんなことはいいから。早く。
お前のことを心配していた彼女を、連れて。
『少年! 応答しろ、おい、少年っ⁉』
声が遠ざかっていく。
オーナー、ごめんなさい。やっぱり、ダメでした。
オレの力では、誰も救えない。
自分の視界までもが暗闇に
それでも思うことは、たったひとつで。
――大神正仁……早く、彼女を連れて、逃げろ……!
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