EP06〜白き罪の二重奏~

EP06-零:神が死んだ夜


 その刑事は焦っていた。


 もし捕まった少女たちに何かあったなら、きっと自分で自分を許せないから。


 特にあの子だけは何としても救わねば、と。


正仁まさひと……)


 心の中で、もう高校三年生になった息子の名を呼ぶ。


 街の闇など知らないあの正義漢は、きっといなくなった幼馴染おさななじみを探しているに違いない。


 急がなければ手遅れになる。


 先走る気持ちを抑えながら、足音を殺して前へ進む。


 乗り込んだのは、研究所の地下に併設された駐車場。


 情報の通りならば、どこかに秘密の実験場へ繋がる通路があるはず。


 その真偽を精査する時間はなかったが、提供者の文面は信憑性しんぴょうせいの高いものだった。


 不意に、出くわした柱に違和感を覚える。


 根拠のない直感でしかないが、試す価値ならある。


 送り付けられた暗号を口にすると、何とか一人分が入り込める隙間が現れた。


 これが出入口の一つに違いない。


 小さく深呼吸し、手にした銃のグリップを握り直す。


 背筋に感じる冷たい汗を、胸の内に湧いた熱い感情で振り払おうとする。


 これから行うのは、誰一人として味方もない孤立無援の戦い。


 かつて英雄とうたわれた刑事は、自嘲気味に笑みをこぼす。


「こんなのでビビってたら、きっとあの野郎に笑われちまうよな……」


 鼓舞とも諦観ていかんとも取れる声で、男は闇の向こうに歩を進める。




 それが、彼の最後の戦いになるとも知らずに。

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