EP05~生と死の十字架

EP05-零:最終調整


 四という数字に、男は思い入れがあった。


 生まれた月は四月。苗字が大神おおがみだからか、小中高と出席番号が四番でなかった年が一度もなく。念願の警察官になって初めて配属されたのも、この黒銀くろかねという街で四番目にできた交番だと言われた。


 そのせいか、男はこのよろいの名前に親近感を持っていた。


「〈X4イクス・フォー〉、システムオールグリーン」


 耳に響いた音声に呼応して、周囲が暗くなっていく。ただ広いだけの演習室が別の意味を持ち始めるのを感じて、小さく息を吸った。


「最終シミュレーションテスト、開始」


 仮面の中、視界にはデジタルとは思えないほど精巧な世界が映し出されていく。無機質な立方体がデコボコと乱雑に配置される様は、何度も見ているはずの男でさえ舌を巻く。


 テロリストたちが潜伏している場所への突入任務。そう想定してのVRバーチャルリアリティ技術を導入した模擬戦闘。流石さすがは世界的大企業〈X SEEDエクシード〉が誇る研究施設だけあってか、仮想と現実の区別など男にはつかなかった。


「そこだ……!」


 右足の大腿部だいたいぶに装着されたホルスターから銃を引き抜く。


 四時の方向から姿を見せた仮想敵に一発。


 続けざまに背後から飛び掛かってきた敵の顔面に、左肘ひだりひじを突き出してのカウンター。


 この武骨な仮面に搭載された人工知能から、敵の行動予測を脳にフィードバックされる感覚はクセが強い。この一ヶ月の猛特訓がなければ、鎧の重さと複雑化する思考で動きは鈍り、とても戦えたものではなかっただろう。


「視えてるぜ!」


 弾丸の波状攻撃だろうが、この予測演算システムのサポートがあればかすりもしない。


 どう動けば全ての弾道をくぐり抜けられるのか。瞬時に把握し、身体を動かす手助けまでしてくれる優れもの。


 宇宙という過酷な状況下での生存を最優先に設計されている。最初こそピンと来なかった男だが、今ならはっきりとその意味を理解できる。


 不意に、赤いマフラーが揺れるのが――視えた。


 すぐさまそこへ弾丸を叩き込む。が、わずかに軌道がれて敵が跳躍ちょうやくするタイミングを許してしまった。


 逃れた空中で一回転。脚を突き出し、急転直下の攻撃を試みる宿敵……それをかたどったホログラム。


 向かってくる銀の仮面をにらみつけながら、男はベルトの右腰に手を掛ける。


EXECUTIONエクスキューション


 腰に巻かれた制御端末から流れ出すのは、右腕の装備へと駆け巡るエネルギー。


 銃などかなぐり捨てて、鎧の騎士はその腕を引き絞る。


「おりゃぁああああああああああああああああああ‼」


 つがえた矢を放つがごとく、拳は迫ってくる敵の足裏へと飛び込んで。


 一撃。


 天井まではじき返された仮想敵をシステムが認識する。


「最終テスト終了。〈X4イクス・フォー〉機能停止ありません! 成功です!」


 反動で地面に突き刺さった拳。引き抜いた床から立ち上る熱気が、この鎧がどれほどのエネルギーをまとえるのかを物語っているようで。観測していた研究者たちの中には、歓喜より畏怖いふの表情を見せる者も見えた。


 しかし、この拳より熱いのは、今の一発で勝利を確信した男の心。


「これなら……この力なら、あいつに勝てる……!」


「おめでとうございます、大神刑事!」


 拍手の音に振り返ると、そこには眼鏡をかけた男性。


 首から掛けたネームカードには、早乙女さおとめ歩生明あるふぁと、少々変わった文字が並ぶ。


 男と同じ警察官で、同時にこの装備を彼にもたらしたこの企業の御曹司おんぞうし


「遂にやりましたね!」


「長くかかっちまったけどな。これであの野郎をぶっ倒せる……!」


 確かな手応えと共に、男は大きくうなずいた。


「大神刑事。貴方あなたこそこの街に残された、最後の希望です」


 眼鏡の奥からのぞく瞳に違和感を覚えるより先に、男の心をその言葉が満たす。


「そうだ……必ず赤マフラーを捕まえる!」


 落ち着いた印象を与えるこん色に、金銀の装飾で彩られた仮面。


 その下では、男の瞳が燃えるように輝いていた。


 悪を滅し、正義をすその未来だけを信じて。

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