SS~Side Story~

SS-0:Kitty


 七月の半ばにしては、割と涼しい朝の日。


 築数十年のおもむきを持つ一軒家がある。何でも今の家主が嫁入りした時に建てた物件だとか。そのあるじにしても、還暦を過ぎてもう数年。かれこれ四十年近く、この発展を続ける街の片隅でたたずんでいる。


 そんな家の裏手口。小さくもつややかな黒い毛並みが躍るように侵入する。どこが鍵の開いた戸か知っていたように、華麗に忍び込むのは猫。細長い尾をピンと立てて、古びた木造の廊下を音もなく進んでいく。


 目的は一つ。少女が隠した大切なものを見つけるため。


 小柄な猫には長すぎる階段を何とか登り切り、ようやくその部屋の前。


 しまった、と頭を抱えたくなる。この小さな姿ではドアノブが回せないじゃないか、と。


「ねぇ、誰かいるの……?」


 聞き慣れた声がする。まずい。万が一、まみ出されでもしたら困る。それで戸締りを強化されたら、もう二度とここに入れないかもしれない。


 古びた階段がきしむ音がする。それが徐々に大きくなっているということは、誰かが近づいているという証明で。


 こうなれば一か八かだ。


 意を決し、助走をつけて勢いよくび上がる。何とかしがみついた銀の突起を、体重を一点に集中して回し、部屋への道を確保する。


 この先だ。小さな隙間へ大急ぎで滑り込む。


 視界いっぱいに広がったのは、見覚えのある部屋。ベッドと勉強机にほとんどスペースを奪われているものの、それでも本棚に並んだ漫画も一年前のままだ。


――きっと、私がどうなったのか、知らないから……。


 不意に襲い来る不安を、かぶりを振ってき消す。そんなことを考えるためにここまで来たわけじゃない。


 目指すは寝台の下に隠してある一冊のキャンパスノート。


 暴れまわるように宝箱をひっくり返して、目当てのものを探す。


――あった!


 人間の手なら軽々持ち上げられるのに、猫の口には少しばかり大きい。


 でもそれが何だと言うのか、と必死に引き上げる。届けなきゃいけないのはこれなんだからと、ベッドの下からい出した。


――待っていて、南野みなみのくん。


 窓から柔らかな光の差す部屋の中央まで戻ってきた。


 瞬間。


「まぁ……!」


 自分をのぞき込む顔に驚いてひっくり返る。不幸かな、その小さな頭をベッドの支柱にぶつけてしまって。


 そのまま意識は遠のいてしまった。

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