EP04-壱:仮面談合


 黒銀くろかね


 様々な技術の集まるこの場所は、夢追う者たちの〈革新都市〉とまで呼ばれている。背の高いビルも多ければ、隣接する港には数多あまたの貨物を載せた船も行き交っている。当然のように、観光という側面でも多大な利益を得ている。それがこの街だ。


 そんな光り輝く摩天楼まてんろうを真下に見据えて。一隻いっせきの飛行船が雲間をき分けて進んでいく。


 気球に描かれるロゴは〈X SEEDエクシード〉。様々な分野の技術を研究し、発展を続ける企業の名前。世界中にその影響力を響かせる一流企業のものが空を飛んでいても、この街では何の不思議もない。


 むしろ七夕にちなんだ祭が近いからこそ、そのパトロンとしての盛り上げも必要になるというものか。広大な窓から見下ろすこの景色とて、いつかは地獄絵図に変わるとも知らずに歩いていく無知な民衆たちが、本当にゴミのようだ。


「ネークーロー!」


 遠くから聞こえた声に、溜め息を吐き出すのを禁じ得ない。


 せっかくワイングラス片手に葡萄酒ぶどうしゅくゆらせているのに、これだから風情ふぜいも何も感じない子供は嫌いだ。


「あー? 今さ、僕ちゃんのこと、めんどくせーガキだなー、とか思っただろー?」


「何を言うのですか、〈リトロ〉。私が命の恩人を、そんな無碍むげに扱うわけがないでしょう」


 振り返って笑って見せる。ハーフマスク越しに確認できるのは、少年という言葉が似合う背格好の男。サスペンダー付きのハーフパンツに、安物の白ワイシャツ。おまけに首にはちょうネクタイだ。我々の中で最も手足が細いせいで、年齢詐欺ねんれいさぎはなはだしい。


「ほら、その作り笑顔。嘘ついてまーす、って言ってるようなもんじゃーん?」


 ここではマスクの装着が半ば義務となっているが、目の前の子供の顔を隠しているのはチープなピエロのお面という品の無さ。そのせいで若干くぐもった声も、マスクに付随しているのだろう赤い巻き毛の装飾も。すべてが私を苛立いらだたせる。


 こいつが一年前に半殺しに遭った私、その〈獣核ゲノム・コア〉を回収した存在でなければ、今頃どうにかして殺しているところだが。


「ほらほらー、〈ゼノウ〉と〈ホロウ〉も待ってるしさー」


「ええ、すぐに行きますよ」


 吊り上がった口角を崩さずに、歩き出す。


 私の父親役が運営する企業〈X SEEDエクシード〉の飛行船。その大広間に設置された円卓では、既に二人の男が座っていた。


「クク……。どうした、〈ネクロ〉。せっかくわれが復元してやったのに、ご機嫌斜きげんななめか?」


 そのうちの一人が、しわがれた声を出す。


 俗にペストマスクと呼ばれる、この長いくちばしを伸ばす仮面は〈ホロウ〉だ。白いスーツ姿に黒と赤のマントは彼のお決まりで。声だけなら私たちの何倍も年を取っているように感じられるが、これが同い年である二十四歳だ。


 物理的な意味での命の恩人ならこちらになるだろう。なにしろ、一年前に破損した〈獣核ゲノム・コア〉を修復して私をここまで回復させたのは、この老人めいた同胞なのだから。


「偉大なる〈ホロウ〉。あなたのおかげで、この通り、ぴんぴんしておりますよ」


「クク……、それは僥倖ぎょうこう。しかし、例の赤マフラーの贋作がんさくに一本取られたと聞いたが?」


「ああ、それについてなんですが。本日は皆様に周知をと思いまして。こうしてお集まりいただいた次第なのです」


 できうる限り、うやうやしく。しかし本題を決して違わぬように、四人しかいない広間で声を大にする。


「今、ちまたを騒がせている赤マフラー……あれは二代目で間違いないかと」


 空気が変わったのを肌で感じる。いぶかしむような視線も、好奇の眼差しも、想定内。


「二代目ってことはさー? それって〈ホロウ〉が造ったやつとは違うってこと?」


「ええ。私も最初こそ、あの野良がどこかの〈組織〉に入って武装をグレードアップしたものと勘違いしておりました。しかし、対面して理解したのです。あれは中身が……〈獣核ゲノム・コア〉を埋め込まれた〈素体〉が違う」


 お子様の疑問を解消するつもりは微塵みじんもなかったが、どうせ話すことだ。ここに呼んだ同胞たちの中で、最も技術者としての知見を有する〈ホロウ〉がどう判断するかを聞きたいのだから。


「クク……、つまりはワレではない何者かが、あのタイプの〈実験体〉を造り出した、と? なことを。設計図は買い取ったこちら側にしかなく、設計者は既に死んでいる」


「設計者? 誰それー? 僕ちゃんも知りたーい♪」


 ピエロが高い鼻の面に近づく。まるで祖父に面白い話をねだる孫のような態度。これで全員が同い年だというのだから、つくづく笑えない冗談だ。


坂上さかがみあい。〈X SEEDエクシード〉が保有する養護施設で育った女ですよ」


「え、それって〈ネクロ〉の幼馴染おさななじみってことー? もしかして、〈ネクロ〉が食べちゃったから死んじゃったとか? もしそうなら、すっげぇ笑えるー♪」


 本物の道化師かと思えるほど、くるくると回ってはしゃぐガキだな。まあ、この街に戻るのも久しぶりと言うから、仕方もないか。


「残念ながら、殺したのは私ではないのですよ。そもそも私はグルメですから、あんな下等な素材は口にしません」


「あー、そっかー、アルビノしか食べないんだもんねー? でもそれ、いつもお腹とか空かないの? ヤバくなーい?」


「君が食べすぎなのですよ、〈リトロ〉。第一、ヨーロッパでの〈アンチ〉狩りはきちんとしてくれたのでしょうね? 小さな規模とは言っても、邪魔者を残されては厄介だ」


 ぴたりと動きを止めた道化師が、こちらをじっと見る。同時に船内の温度が上昇するのを感じた。


「それってさ、僕が〈獣核ゲノム・コア〉もない残党共より知性で劣ってるって意味? 怒るよ?」


 しまった。ちょっと挑発しすぎたか。ここを燃やされるのは面倒だ。なにしろここは空中で、逃げ場がない。


 おまけに前回の一件で〈スポンサー〉からは派手に動きすぎるなと、お小言をもらったばかりだ。資金源の一つをみすみす潰してしまったのには違いがない。もちろんこちらの裁量でどうとでもできることだが。だが計画を狂わせかねない行動は、今だけはつつしまなければ。


 瞬間。熱が立ち消える。


 代わりにもっと危険な悪寒おかんが身体を支配する。


「あ、ごめんよ……〈ゼノウ〉。別に本気でやり合うつもりなんか、なかったんだけどさ」


「失礼しました。私も誇りある〈ゲノム・チルドレン〉として、品位のない言動でした。反省いたしましょう」


「……」


 覇気ですらない、単なる呼吸一つで場を征する。目深まぶかにかぶったフードの下から般若はんにゃの面をのぞかせる〈ゼノウ〉に、我々は逆らえない。


 二メートルを超える巨漢だから勝てないのではない。そこには純粋な性能差。その能力を解放されれば今度こそ復元に一年では足りまい。


 まさしく〈スポンサー〉が〈選ばれし王〉の最有力候補として見ているだけのことはある。もしも今すぐ戦闘になれば、おそらく数秒とかからずに我々は血祭にされるだろう。


 いいや、だからこそ。いつかはその仮面の下を見てやろうと思える。完膚かんぷなきまでに叩き潰して、胡坐あぐらをかいている玉座手前のその椅子から蹴落としてやりたいと。


「クク……、二人が落ち着きを取り戻したところで、本題に戻るとしようじゃないか」


 この場で最も戦闘力がなく、しかし技術者として重宝されるからこそ誰も手を出せない男の声が響く。まったく、老いて聞こえるのに、いやに通る声だ。


「えっと、何の話だっけー?」


「坂上愛という技術者の話です。かつて〈実験体〉を造らせようと、〈獣核ゲノム・コア〉と資金を渡したらしいのですが、他の〈実験〉に巻き込まれて死亡しているはず」


「それじゃー、幽霊が僕ちゃんたち〈ゲノム・チルドレン〉を恨んで、最強の〈実験体〉を造ったのだー! みたいな話?」


「クク……、むしろ死んだはずと見せかけて生き延びておるか。あるいは何者かに設計図を託したか、だな」


 そうだ。そういう話をしたくて呼びつけたのだから、期待通りに動いてくれねば困るよ。


「私も〈ホロウ〉の言う通り、そのどちらかだと考えます。前者なら見つけ出す方法を考えますが、後者だった場合は……」


「誰がその設計図を持ってるか、ってこと? 別にこっち側にもあるんでしょー? なら別に問題とかなくない?」


 これだから傭兵紛いは。いや、私よりも困った場所で育った〈ゲノム・チルドレン〉というのだから、この思考回路が平常運転か。


「問題なのは、彼があの赤マフラーを名乗って行動していることです。一年前に私の〈獣核ゲノム・コア〉を傷つけた男が言っていました。必ず〈スポンサー〉を追い詰める、と」


「あ、それ僕ちゃんも聞いたー。あいつさー、罠だと知ってて飛び込んできたみたいだったんだよねー。でもさ、その時には暴走しかかってたし、アジトは完全に浄化したからちりも残ってなかったよ?」


 そう、一年前の七夕にこのガキがあいつを殺してしまい、そのせいで再戦の機会を奪われてしまった。その恨みを必ず晴らすつもりでいるが、今は別の話だ。


「ええ、だからこそです。そこで死んだ赤マフラー。模倣もほうにしては、似て非なる二代目。そして、その二代目を造り出した謎の技術者……」


「クク……、下手をすれば〈アンチ〉の連中がかつぎ上げようとするかもしれんな」


「その通りです。それにあの体躯ボディ……仮にもあの〈スポンサー〉が最も興味を示したもの。なればこそ、そこに挑んだ技術者のことは知っておきたいところでは?」


 確かにのぅ、としわがれたつぶやきが聞こえる。いいぞ。やはり貴方あなたこそ、最もぎょしやすい同胞だ。持て余してしまうほどの好奇心と技術力。これから王への道を歩む私にとって、大きな利用価値を持つ存在だ。


「じゃあさ、その二代目☆赤マフラー、僕ちゃんが調べてあげようかー?」


「は……?」


 何だと。こいつ、また勝手なことを言い始めて。


「クク……、丁度ちょうどいいではないか。〈ネクロ〉は今、〈X4イクス・フォー〉の開発で忙しい。我も取り掛かっている〈実験〉があるのでな」


「ねー、いいよね〈ゼノウ〉? 僕ちゃんがそいつを狩るのだって〈アンチ〉狩りの一環ってことでさー。ね? ね? ねっ?」


 おのれ、このガキ。美味しいところだけさらっていく気か。だが他の〈ゲノム・チルドレン〉たちの手前、ここで荒事にするわけにはいかないか。くそ、こういうときに限って黙ったままか、〈ゼノウ〉め。


「はい、決まりーっ! 僕ちゃん、戻ってきての初任務、頑張っちゃいまーす!」


 ピエロの面の下からのぞく大きな瞳が、勝ち誇ったように私を凝視している。どうもこちらの狙いを理解したうえで、それを潰せるのが心底面白いらしい。


 ふん。まあ、いいだろう。どちらにしろ、勝つのは私だ。〈X4イクス・フォー〉完成までの道のりは既に視界に入っている。その時はむごたらしく殺してやろう。


「クク……、そうだ〈リトロ〉よ。一つ面白いオモチャを貸してやろう」


「え、なにそれ?」


 何だと。本当にこのマッドサイエンティスト、好々爺こうこうやにでもなったつもりか。孫どころか同い年なんだぞ、わかっているのか。


「クク……、一年前にお前が完成させた〈コア・リンクシステム〉の産物よ。どこまで遊べるか、試してみるといい」


「マジ? やったー! ありがと、〈ホロウ〉! やっぱり持つべき者は、使える兄弟だよねー?」


 これ見よがしにこちらをさげすむ態度は変わらず、はしゃぎまわる道化師。私が使えないとでも言いたげだ。一年前の失態がある以上は強く出られないのも、腹立たしい。


「さーて、どうやって遊ぼうか、考えなくちゃねー!」


 楽しげな声が響き渡る。


 しかし、そうなると次の七夕あたりは血の雨でも降るか。あるいは血の一滴さえも燃やし尽くす気かもしれないが。


 さて、あの二代目がどこまで戦えるか、せいぜい見物させてもらうとしよう。できるなら、大番狂わせを期待したいものだが。


「ひひひ、首を洗って待ってろよー? 赤マフラー二代目ちゃーんっ‼」

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