EP04-壱:仮面談合
様々な技術の集まるこの場所は、夢追う者たちの〈革新都市〉とまで呼ばれている。背の高いビルも多ければ、隣接する港には
そんな光り輝く
気球に描かれるロゴは〈
むしろ七夕にちなんだ祭が近いからこそ、そのパトロンとしての盛り上げも必要になるというものか。広大な窓から見下ろすこの景色とて、いつかは地獄絵図に変わるとも知らずに歩いていく無知な民衆たちが、本当にゴミのようだ。
「ネークーロー!」
遠くから聞こえた声に、溜め息を吐き出すのを禁じ得ない。
せっかくワイングラス片手に
「あー? 今さ、僕ちゃんのこと、めんどくせーガキだなー、とか思っただろー?」
「何を言うのですか、〈リトロ〉。私が命の恩人を、そんな
振り返って笑って見せる。ハーフマスク越しに確認できるのは、少年という言葉が似合う背格好の男。サスペンダー付きのハーフパンツに、安物の白ワイシャツ。おまけに首には
「ほら、その作り笑顔。嘘ついてまーす、って言ってるようなもんじゃーん?」
ここではマスクの装着が半ば義務となっているが、目の前の子供の顔を隠しているのはチープなピエロのお面という品の無さ。そのせいで若干くぐもった声も、マスクに付随しているのだろう赤い巻き毛の装飾も。すべてが私を
こいつが一年前に半殺しに遭った私、その〈
「ほらほらー、〈ゼノウ〉と〈ホロウ〉も待ってるしさー」
「ええ、すぐに行きますよ」
吊り上がった口角を崩さずに、歩き出す。
私の父親役が運営する企業〈
「クク……。どうした、〈ネクロ〉。せっかく
そのうちの一人が、しわがれた声を出す。
俗にペストマスクと呼ばれる、この長い
物理的な意味での命の恩人ならこちらになるだろう。なにしろ、一年前に破損した〈
「偉大なる〈ホロウ〉。あなたのおかげで、この通り、ぴんぴんしておりますよ」
「クク……、それは
「ああ、それについてなんですが。本日は皆様に周知をと思いまして。こうしてお集まり
できうる限り、
「今、
空気が変わったのを肌で感じる。
「二代目ってことはさー? それって〈ホロウ〉が造ったやつとは違うってこと?」
「ええ。私も最初こそ、あの野良がどこかの〈組織〉に入って武装をグレードアップしたものと勘違いしておりました。しかし、対面して理解したのです。あれは中身が……〈
お子様の疑問を解消するつもりは
「クク……、つまりは
「設計者? 誰それー? 僕ちゃんも知りたーい♪」
ピエロが高い鼻の面に近づく。まるで祖父に面白い話をねだる孫のような態度。これで全員が同い年だというのだから、つくづく笑えない冗談だ。
「
「え、それって〈ネクロ〉の
本物の道化師かと思えるほど、くるくると回ってはしゃぐガキだな。まあ、この街に戻るのも久しぶりと言うから、仕方もないか。
「残念ながら、殺したのは私ではないのですよ。そもそも私はグルメですから、あんな下等な素材は口にしません」
「あー、そっかー、アルビノしか食べないんだもんねー? でもそれ、いつもお腹とか空かないの? ヤバくなーい?」
「君が食べすぎなのですよ、〈リトロ〉。第一、ヨーロッパでの〈アンチ〉狩りはきちんとしてくれたのでしょうね? 小さな規模とは言っても、邪魔者を残されては厄介だ」
ぴたりと動きを止めた道化師が、こちらをじっと見る。同時に船内の温度が上昇するのを感じた。
「それってさ、僕が〈
しまった。ちょっと挑発しすぎたか。ここを燃やされるのは面倒だ。なにしろここは空中で、逃げ場がない。
おまけに前回の一件で〈スポンサー〉からは派手に動きすぎるなと、お小言をもらったばかりだ。資金源の一つをみすみす潰してしまったのには違いがない。もちろんこちらの裁量でどうとでもできることだが。だが計画を狂わせかねない行動は、今だけは
瞬間。熱が立ち消える。
代わりにもっと危険な
「あ、ごめんよ……〈ゼノウ〉。別に本気でやり合うつもりなんか、なかったんだけどさ」
「失礼しました。私も誇りある〈ゲノム・チルドレン〉として、品位のない言動でした。反省いたしましょう」
「……」
覇気ですらない、単なる呼吸一つで場を征する。
二メートルを超える巨漢だから勝てないのではない。そこには純粋な性能差。その能力を解放されれば今度こそ復元に一年では足りまい。
まさしく〈スポンサー〉が〈選ばれし王〉の最有力候補として見ているだけのことはある。もしも今すぐ戦闘になれば、おそらく数秒とかからずに我々は血祭にされるだろう。
いいや、だからこそ。いつかはその仮面の下を見てやろうと思える。
「クク……、二人が落ち着きを取り戻したところで、本題に戻るとしようじゃないか」
この場で最も戦闘力がなく、しかし技術者として重宝されるからこそ誰も手を出せない男の声が響く。まったく、老いて聞こえるのに、いやに通る声だ。
「えっと、何の話だっけー?」
「坂上愛という技術者の話です。かつて〈実験体〉を造らせようと、〈
「それじゃー、幽霊が僕ちゃんたち〈ゲノム・チルドレン〉を恨んで、最強の〈実験体〉を造ったのだー! みたいな話?」
「クク……、むしろ死んだはずと見せかけて生き延びておるか。
そうだ。そういう話をしたくて呼びつけたのだから、期待通りに動いてくれねば困るよ。
「私も〈ホロウ〉の言う通り、そのどちらかだと考えます。前者なら見つけ出す方法を考えますが、後者だった場合は……」
「誰がその設計図を持ってるか、ってこと? 別にこっち側にもあるんでしょー? なら別に問題とかなくない?」
これだから傭兵紛いは。いや、私よりも困った場所で育った〈ゲノム・チルドレン〉というのだから、この思考回路が平常運転か。
「問題なのは、彼があの赤マフラーを名乗って行動していることです。一年前に私の〈
「あ、それ僕ちゃんも聞いたー。あいつさー、罠だと知ってて飛び込んできたみたいだったんだよねー。でもさ、その時には暴走しかかってたし、アジトは完全に浄化したから
そう、一年前の七夕にこのガキがあいつを殺してしまい、そのせいで再戦の機会を奪われてしまった。その恨みを必ず晴らすつもりでいるが、今は別の話だ。
「ええ、だからこそです。そこで死んだ赤マフラー。
「クク……、下手をすれば〈アンチ〉の連中が
「その通りです。それにあの
確かにのぅ、としわがれた
「じゃあさ、その二代目☆赤マフラー、僕ちゃんが調べてあげようかー?」
「は……?」
何だと。こいつ、また勝手なことを言い始めて。
「クク……、
「ねー、いいよね〈ゼノウ〉? 僕ちゃんがそいつを狩るのだって〈アンチ〉狩りの一環ってことでさー。ね? ね? ねっ?」
おのれ、このガキ。美味しいところだけ
「はい、決まりーっ! 僕ちゃん、戻ってきての初任務、頑張っちゃいまーす!」
ピエロの面の下から
ふん。まあ、いいだろう。どちらにしろ、勝つのは私だ。〈
「クク……、そうだ〈リトロ〉よ。一つ面白いオモチャを貸してやろう」
「え、なにそれ?」
何だと。本当にこのマッドサイエンティスト、
「クク……、一年前にお前が完成させた〈コア・リンクシステム〉の産物よ。どこまで遊べるか、試してみるといい」
「マジ? やったー! ありがと、〈ホロウ〉! やっぱり持つべき者は、使える兄弟だよねー?」
これ見よがしにこちらを
「さーて、どうやって遊ぼうか、考えなくちゃねー!」
楽しげな声が響き渡る。
しかし、そうなると次の七夕あたりは血の雨でも降るか。
さて、あの二代目がどこまで戦えるか、せいぜい見物させてもらうとしよう。できるなら、大番狂わせを期待したいものだが。
「ひひひ、首を洗って待ってろよー? 赤マフラー二代目ちゃーんっ‼」
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