EP03-玖:正義の味方の向かう先


 警察とは正義の組織である。


 罪人を捕らえ、法による裁きを与える場へと導く役割を担う者たちの集合体。


 だが罪とは何だろう。社会が規定したルールに従わない者が罪人とされるが。どこまでの悪行は罪となり、どこまでの汚職は罪にならないのか。


 正直、私の知るところではない。一人の警察官としても、一人の人間としても。そもそもこんな場所、居心地がいいと思って籍を置いているわけでもないのだから。


 ノックの音がして我に返る。


「入れ」


 重々しい表情で座す黒銀くろかね警察署の署長様が入室を促す。いつ聞いても厳格な声だ。


 失礼します、と礼儀正しく入ってきたのは壮年の刑事。確か、水早みはや亮介りょうすけと言ったかな。この署内でもベテランとして活躍する男だ。


 同じく深々と礼をして入ってきたのは、長身の若い男。ああ、大神おおがみ正仁まさひとだ。かつて黒銀警察署の英雄と呼ばれた刑事、大神おおがみ義仁よしひとの息子。殉職じゅんしょくした父に代わって、この街を守るとほざいているらしい。


 本当に、頭の中はお花畑のようだ。


「署長……今回お呼びになった理由をおうかがいしても?」


「水早、そんなにかしこまるな。先日の黒銀プリンセスホテル襲撃テロ事件のことだ」


 びくりと、大神の顔が一瞬にして強張る。どうやら自分の失態をとがめられるのだと思っているらしい。まあ、そうだろうとも。


 結局、あのホテルで守るはずだった寺嶋てらしま姫澄きすみは助からなかったのだから。それも被害者の目の前にいながら、テロリストの攻撃で気を失い、気付けばもう死亡した後だった、と。


「人気の女子高生モデルだった寺嶋姫澄さんが死亡したこの事件で、警備をしていた警察組織への不信感が高まっている。連日そうしたニュースが流れているのは、もう知っているな?」


「悪質な雑誌やネットの記事じゃ、警察がテロリストをホテルに導いたんじゃないか、なんて根も葉もないことまで言われちまってますからねぇ……」


「……」


 何も言えないでいるこの男は、何を考えているのだろう。


 今後のマスコミへの対応のために見せしめとなる心配か、テロリストを止められなかったという激情か。それとも、守りたかった少女を見殺しにしてしまったという後悔か。


「まず話をきたいのは、大神。お前だ」


「俺に、ですか……?」


 困惑したようにしているが、誰がどう考えても君しかいないよ。この事件の根幹に最も関わったのは大神正仁、君だけだからね。


「そうだ。お前だけが混乱したホテル内でテロリストたちと遭遇していると報告にあった。なぜ持ち場を離れた」


 誰がどう考えても、被害者の少女が死んでいるのにお前が生きているのは不自然だ、と。つまり、お前が殺されなかった理由を説明してみせろ、と署長様はおおせなのさ。


「……かんです」


「勘、とは?」


「ホテルの外、テロリストたちが空中で争っているという報告を受けたとき。姫澄が……被害者の一人である寺嶋姫澄のことが気になりました」


 横から見ていてもわかるほど、ぐな瞳。


 気に入らない。この期に及んでも、まだ自分が昔ながらの刑事と同じ感性を持っているから潔白だ、とでも言いたげで。バカだとは知っていたが、想定外のレベルだ。


「では被害者を探しているうちに、偶然にもテロリストたちに遭遇した、と?」


「はい。そこで被害者である寺嶋姫澄の友人、武仲たけなかセラフィーナが襲われていました」


「その武仲という少女からの証言も取れている。だが彼女、お前の言っていた例のテロリスト……赤マフラーとやらに助けられた、と証言しているようだが?」


「え……?」


 大きく目を見開いた姿は滑稽こっけいだな。面白くないのは、絶望ではなく怒りの色がその瞳に宿っていることか。


「彼女の証言によれば被害者であるはずの寺嶋姫澄こそ、ホテル内での惨殺を行い、お前を殺そうとしたテロリストだったと取れる。これをどう思う?」


「そんな、馬鹿な⁉ 姫澄がそんなことするわけがない‼」


「だろうな。だが残された監視カメラの映像で見ても、赤マフラーがその大量虐殺を行ったテロリストと交戦し、結果として寺嶋姫澄の死体だけが残っている」


 みるみるうちに、激昂していた顔が青ざめていく。父親はハードボイルドな男だったと聞くが、こいつはどうも血縁としては母親に似たらしい。瞳いっぱいに涙を溜めている鉄の男なんて聞いたこともないからな。


「だとしたら、姫澄は⁉ 彼女がテロリストだったとでも⁉」


「落ち着け、マサ」


「あんな優しい娘が悪党どもに加担していたなんて、俺は信じません‼」


 取り乱した姿は、もはや喜劇だな。正義を信じて戦ってきたのに、こんな仕打ちはあんまりだ、とでも言いたげで。ただの子供そのものだ。


「大神」


 一喝いっかつとも違う、静かながらに響く声が、熱血刑事の頭を支配し始めたらしい。先輩刑事に掴みかからんばかりだった男が、一瞬にして署長の方へ顔を向けた。悔しいと叫び出そうとする表情だけが、唯一の抵抗か。


「お前の気持ちはわかる。被害者である寺嶋姫澄に関しては、何らかの方法で洗脳された可能性がある。我々はそういう見解でものを考えている、と言えば理解できるか?」


「じゃあテロリスト共に何かされた、と?」


「彼女は先月、入院していたらしいな。早乙女さおとめがその辺りの情報を確認してくれた。それによると彼女を診断した主治医、遺体で発見されている」


「⁉」


 署長の眼がこちらを見る。詳しい話をしろ、ということか。深々と礼をして、一歩前に出る。


「改めまして、サイバーセキュリティ課の早乙女さおとめ歩生明あるふぁです。気軽にアルファ、と呼んでください」


 作り笑顔を見せるが、こちらを凝視する熱血漢は早く情報を寄越よこせとにらんでくる。仕方ない。小さく肩をすくめて、話を切り出すことにしよう。


「先日、港で発見された顔のない男性の遺体。鑑識によると死後一ヶ月以上が経過しているはずのものでした。顔の皮膚がぐちゃぐちゃだったり、ところどころ身体のパーツがなくなっていたりと、それはもうひどい有様で。しかし鑑定結果で、寺嶋姫澄さんのかかりつけ医だったことが判明しました」


「そんな……」


「不思議なことに、彼女が症状を訴えて入院した頃、彼は既に死んでいるはずなんですよ」


「おいおい、それじゃまるでオカルトじゃないかい。死んだ人間に入院しろ、って言われたってわけじゃあるまい?」


 口を挟むベテラン刑事に、にこりと笑いかける。わかっていて聞いているのだろうか。


「むしろ逆ですよ。彼女を狙って、医者に成りすました者がいる、ということです」


「まさか……そのヤブ医者がテロリスト⁉」


「可能性は高いでしょう。で、そのヤブ医者ですが、残念ながら現在のところ行方は掴めていません……」


 息を呑む一同。ああ、本当にいい反応をしてくれる。ここまでした甲斐があったというものだ。


「また、死体となった寺嶋姫澄さんの解剖結果はまだ出ていませんが、おそらく違法薬物が関わっているはずです」


 手持ちのタブレット端末にデータを表示させ、提示してみせる。


 食い入るように見つめる若手の横で、ベテラン刑事がこちらをじっと見ていた。どうも私を疑っているという目つきだ。


「こりゃ、先月の病院を爆破した赤マフラーの逮捕で摘発されたやつとは別物か?」


「そのようです。ただ、ドーピング紛いの薬物はここ数年で増えましたから。下手をすれば、大神刑事が遭遇した赤マフラーは、その密売ルートを漏らしかねない顧客の口封じのために現れた、とも考えられます」


「どういう意味だい、そりゃ?」


 食いついた。やはりこのベテランは、こっちのネタで釣るのが正解だな。


「ホテル内で亡くなっていた寺嶋夫妻でしたが。発見された部屋には、こちらの写真のような錠剤が発見されまして。調べたところ、この違法薬物と同じ成分が検出されました」


「まさか……密売で手に入れた違法ドラッグを加工して、誰かに売っていた、と?」


「あの部屋の構造やベッドなどの装飾品。いかにも夜中にこっそり、という感じでしたし。おおやけにされている設計図には盛り込まれていなかった隠し部屋だったことも踏まえますと、まあ、そういう目的で作られたもののようですね」


「じゃあ、あのイベントで成功したモデルが芸能界で売れるっていう話は……」


「おそらく、この違法な取引で利益を得る者たちがいて、それが影響していたということでしょうね」


 落胆した表情の若手刑事にはお気の毒な話だ。確か家族ぐるみの付き合いがあったとかだったか。まあ、それゆえにここまで感情を動かされているのだろうがね。


「なら、ここまでの事件を起こしたテロ集団は、この街のそんなところまで知ったうえで、あの寺嶋姫澄ってお嬢さんをターゲットにしたっていうのかい?」


「考えられる中では最有力の説ですね。ただ、情報が乏しい今の段階では、正確なことは言えません。あるいはこの街のアイドル的な少女を自分たちの陣営に引き入れることで信者を増やそうとした、とも」


「なるほど、それも考えられる、か。下手な大人より、従わせやすい学生たちを引き入れる計画だったかもしれんわけだ。しかし何らかの理由で彼女は暴走して……」


「許せねぇ‼」


 直情型の暴れる足は、床を蹴破る勢いだ。悲しみも怒りもコントロールできていない。刑事としては二流、いや三流以下だ。


 先輩刑事にさとされて大人しくなった彼に、署長様が告げる。


「私も、この一件を重く見ているつもりだ。もちろん報道管制を敷いて、彼女の尊厳は守る。あのとき近くにいた武仲セラフィーナさんにも、既に了承をもらった。だが先月に続いての大規模なテロ活動を止められなかったことは事実だ」


 厳しい表情の下にあるのは、怒りか悲しみか。それとも今後の対応への配慮か。どちらにしろ、私の管轄ではないけれど。


「そこで、水早と大神。お前たちにはこのテロ事件に対する特別捜査チームに入ってもらいたい」


「特別捜査……!」


 驚きより嬉しさに見開かれた瞳は、復讐のチャンスを得たという喜びか。本当にわかりやすい男だ。


「しかし署長、具体的には……何をするんですかい?」


「赤マフラーの正体を探ることもだが、何よりこれらのテロに我々の装備が一切として意味をなさなかったというのが問題だ。そこで対テロリスト用の新型装備を検討している。で、そのテスターとして大神の力を借りたい」


「テスター? 新型装備って、いったい……」


 そっとタブレット端末を操作する。そこに映し出される企業ロゴに、二人の視線が移るのを感じながら、説明を引き継ぐ。


「親の七光りに頼るわけではありませんが、私の父が運営する企業……〈X SEEDエクシード〉は、様々な分野の研究開発をしていまして。その中に宇宙開発事業もあるのですよ」


「宇宙開発? おい、待てよ早乙女。敵はエイリアンじゃない。人間のテロリストなんだぞ。ふざけてんのか」


「まさか。冗談なんて言いませんとも」


「?」


「宇宙空間は生身の人間が生存できるような優しい場所ではないのです。しかしこれまでの宇宙服では対応しきれない様々な問題が起こっている。次世代の宇宙服、それが父の開発するものでして」


 ピンと来ていない若人の横で、ベテラン刑事が目をいた。


「おいおい。まさか宇宙服って、あんな重たい鎧みたいなの着こんで戦えってのかい?」


「そのまさかです。ただし、重くて動けないだなんて、前時代的なものに頼るつもりはありません」


 さあ、ここからがプレゼンテーションのしどころだ。


「こちらをご覧ください」


 端末を操作し、部屋が暗くなる。同時にプロジェクターが起動して、この端末に表示される情報が白い壁をおおいつくす。人型のシルエットの上に、美しい装甲が展開していく様が映されていく。まさしく〈X SEEDエクシード〉の技術のすいを込めた最高傑作。


「これは……?」


「強化外骨格形成装置……通称、〈X4イクス・フォー〉」


「イクス……フォー?」


「こちらが、その装備を展開した状態のコンセプト案です」


 私の笑顔は、どう映っているのか。資金も実力も、どちらを取っても生まれながらにけたが違うことはわかってもらえただろうが。


「事前に身体の各部位にプロテクターとして装置を着けてもらい、ベルト部分のコントローラーで起動、即座に強化スーツをまとうという画期的なシステムなわけです」


 映像で示される変身工程を凝視する二人は、聞いているのかいないのか。まあ、無理もない。こんな機構が存在していること自体、君たちには未知のテクノロジーだろうからね。


「既にシステムは完成に近づいていますが、やはり実践部分に関しては、まだ完了していないところが大きい。大神刑事、貴方あなたにはこの完成に協力してもらいたい」


「それって……」


「取引、ということになるのでしょうね? 鍛え抜かれた刑事の身体を提供することで、代わりに我々はテロ組織に対抗する最大の戦力を手に入れる」


「……」


 うつむいている。ということは迷っているのか。


 いや、違うな。思い出しているのだろう、先日の無様な敗北を。


 無理もないことだ。あの赤マフラーたちに、拳銃ごときではかなわなかったはず。


「早乙女……これなら、奴らに勝てるんだな?」


「保証はできません。けれど、報告にあった赤マフラーの機動力や防御性能を加味すれば、これが最適解かと」


「そう、だよな……」


「他の善良な警察官の犠牲を減らすためにも、ね?」


 さて、チェックメイトだ。君は好きなのだろう。善良な人間というものが。その笑顔を潰されるというシチュエーションと、それを止められる自分の姿を妄想することがさ。


「確かになぁ。あの日は集まった警官みんなで赤マフラーの野郎を止めようとしたが、パトカー数台を飛び越えていくなんていう離れわざまでされて逃げられたって……マサ?」


「そのとき、負傷した警官もいたのか……?」


「もちろん、いらっしゃいましたよ。安全課の巡査長さんほか数名。ああ、確かその人、今日が娘さんの誕生日だって言っておりましたね。はてさて、お誕生日会は病室でないといいのですが……」


 わなわなと震えているのは、正義の味方としての本能とでも言うのかな。きっと、たくさんの人を傷つける悪党への正義の怒り、だと。


「署長! 俺にやらせてください!」


「大神……感情だけに流されるな」


「いいえ。確かに俺の胸には怒りの炎が燃えています。でもそれは正義のためです。何の罪もない人たちを傷つける悪へぶつける怒り。そして人々を守るために、この力は必要です! 絶対に‼」


 完璧な答えだ。期待通り、いや、それ以上の答え。


 思わず噴き出すのをこらえなくてはいけない程度には、だけれどね。


「大神。よく言ってくれた。ではここに対テロ特務捜査課を結成する。これは極秘に遂行する任務だと、心してくれ」


「はい!」


 まるで犬のようだと思う。ご主人様にめられて尻尾しっぽを振り、何も知らずに敵だと決めつけた相手へ吠えるだけ。そんな可愛げもない雑種だ。


「早乙女、よろしく頼む!」


「ええ、こちらこそ。どうぞよろしく」


 握手を求められ、笑顔で応じる。ああ、こんな雑種の手を握るなんて、反吐へどが出そうだ。が、仕方ない。まだ不自然な真似はしないに限るさ。


 これで私の計画は動き出す。〈スポンサー〉もアッと驚くようなショーを見せてやろう。手駒全てを使って、せいぜいたのしむとしようじゃないか。


「絶対に追い詰めてやるぞ、赤マフラー!」


 ふん。せいぜい正義の味方らしく、自らの血を代償に戦ってくれたまえ。


 もちろん、選ばれし王となるこの早乙女歩生明のために。


 いや。




 この〈ネクロ〉のために、ね。

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