EP03-壱:本物を知る者
港と都市の融合したこの街に反響するのは、エンジンの音。この街の名に
狙うのは、野獣のごとき四本足で逃走する〈実験体〉。敵とみなした〈組織〉のアジトで追い詰めたが、まさかここまで逃げ足に特化しているとは思わなかった。
だが逃がしはしない。こいつが何人も食い荒らしたことはわかっている。おそらく野放しにすればもっと多くの人間を殺して喰らうだろう。
『
左腕から飛ばす〈クモの巣〉が、奴の足を絡めとる。バイクで引き
だから。
『
マシンを自動操縦モードに切り替えて、オレは
『
右腕装甲から伸びる槍にナノマシンの力が
『
ベルト右腰のボタンに手を掛けた。
直後に耳にしたのは、猛毒を流し込まれた相手の断末魔。殺戮者を呪う悲鳴だけだ。
瞬間の爆発。
港を一望できる人気のデートスポット然とした広場なのだが。いや、もう深夜なのだと思い至る。今夜も割と長丁場だったわけだ。
こんな地獄は、あと何度繰り返せば終わるのか。
いや、ひょっとしたら。この街がなくならない限り、終わりなど来ないのではないかと不安になる。
誰かの研究に資金投資をするフリをして〈実験〉を続ける連中がいて。〈
そうして〈
その元凶たる〈スポンサー〉を追い詰めることが現状の最終目標だが、これだけ多くの〈実験体〉がいるのなら、
もういくら倒しても、同じなのではあるまいか。
『少年、お疲れ様』
脳内に響く女性の声。オレの命の恩人で、〈実験体〉としてのオレの〈オーナー〉。
そうだ、オレはこの人がいる限り、戦いをやめるわけにはいかない。あの日、この街からヒーローを奪ってしまったオレが。その一番に近くにいた彼女を、絶望させるわけにはいかない。
『しかし人食い型が立て続けに現れるとは思わなかったよ。六月に入って、もう四体だ。しかも、どれも〈組織〉の支配から切り離された
オレの心情など知りようはずもない彼女の、その的確な考察には
残念なことは、どの〈実験体〉もオレと対峙する前に、この街の誰かを食った後だったというのが現実だったという話で。
結局、オレには誰も守れるわけがないと突き付けられているようだ。
『すまない、疲れているだろう。警察が来る前に……退……て……れ……』
唐突にノイズが混じる。故障だろうか。改造された身体とはいえ、
瞬間。背中に刺さるような視線。そして――。
『
ジャンプで
武器が飛んできた方角を見据えると、そこにはバイクに
白いマントを
「久しぶり、ですね」
声。聞き覚えのない声だ。男とも女ともつかない。変声装置でも使っているのか。梅雨に
なんだ、こいつの楽しげな声に混じる何かは……。
「驚きましたよ。
違和感の正体がわかった途端、言葉の内容なんて頭に入ってこなくなった。ただ、本能が告げている。
――逃げろ。
「おや、どうしてまだ生きているのか、って感じですか?」
バイクから降りてくる姿が、オレなどよりも余程〈死神〉らしくて。
「貴方にあそこまでやられた時はどうしたものかと思ったのですが。そこはほら、天才に対する〈スポンサー〉の
その一単語だけで、わかる。こいつは〈スポンサー〉に繋がる〈実験体〉で。
何より、この街を汚す敵だ。
『
気づけば、勝手に足が動いていた。右手には槍と握り拳。振り上げたそれは敵の顔面に打ち込まれ――
「おや、どうしたんです? あの頃みたいな軽口はないんですか?」
盾、としか呼べない何か。それが攻撃を阻んだのを知覚する前に。無防備なオレの腹部に、一刺し。
「ぅ……あぁ‼」
「おっと?」
盾を蹴りつけて跳ぶ。それしかこいつと距離を取る方法がわからない。なんだ、どこから武器を取り出している。まさかマントの下に隠しているとでも言うのか。
仮面の下、口から噴き出した血が首元に
「どうしました? 貴方らしくもない。まさか〈獣化〉でもしましたか?」
運よくベルトは無事だ。あの白い剣が刺したのは、左の脇腹だけ。脳内で何度も鳴り響く危険信号が
「はて……。貴方、誰です?」
さっきまで旧友にあったような声だったのに。聞いただけで凍り付きそうな音色だけが、その場を支配する。
「そのベルトを着けていて、左足は〈バッタ〉の能力。なのに、貴方からは以前の遊び心を感じない。それはなぜか? 導き出される答えはたった一つ」
無駄のない動作で、右手の剣を投げつける敵。
速い。消耗した今のオレでは、
『
切り札を開放する。いや、それしかなかった。右足から吹き荒れる
「やはり、貴方は贋作だ」
「ッ⁉」
背後からの声に振り向く間もなく、斬りつけられる。
そうだ、この剣は
「本物ならば、こんな簡単な手くらい見抜いて笑っている頃でしょう。そんなもんかい、ってね」
その言い方に、目を見開く。それは聞き覚えのある言葉で。ある人の口癖で。
オレなんかのために死んだ男。この街に必要だった本当のヒーロー。死んではいけなかったはずの大切な人。
「消えなさい、贋作。この街に必要なのは、本物だけです」
ライフル銃のような白い武器。その銃口が向けられて。放たれた弾丸までもが、白い。
「くっ‼」
『
ほとんど無意識に、左足で跳んでいた。戦うためではなく、逃げるために。しかしオレの向かった先にあるのは、冷たい水面だけ。
水の中に飛び込むには準備が足りな過ぎたことを悔やむ。傷口に入り込む水が、痛覚を刺激し、死という言葉を連想させる。
「ふん。贋作らしい無様な最期だ」
その声を最後に、オレの意識は途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます