EP03~梅雨空の花嫁~

EP03-零:仮面と微笑


 死体。


 すべての生命に等しく訪れる「死」を迎えた身体である。


 男はそれを美しいと思った。脆弱ぜいじゃくな肉体は滅び、骨だけが残る。そこにみにくさなどない。有り得ようはずがない、と。



「二番、駄目です」


「四番も〈獣核ゲノム・コア〉との接続前に、肉体が崩壊」


「九番、復元に失敗。廃棄します」



 男の耳に届くのは、緊張しきった声だけ。


 そこには、ひつぎと呼ぶのが相応ふさわしい装置が何台も置かれ。それらの近くにいるのは白いマスクの研究者たち。手元の機械とにらめっこをしているばかりだ。彼らの瞳には焦りの色が張り付いたまま。額には冷や汗と思しきしずくを浮かべている者さえある。


 なんて不完全なのだろうか。人知を超えた〈獣核ゲノム・コア〉の力を用いている科学者が一様にこれではたかが知れている。


 この〈組織〉も、理想に至ることはないようだ。


 そんな風に男が諦めて、腰を上げる。近場にいた何人かがまだ待ってほしいと頼んでくるが、聞いている時間さえ惜しい。こんなところにいても意味がない。


 そう言い放ってやろうと口を開いた瞬間。



「成功です! 十三番‼」



 白衣の男たちが歓喜の声と共に沸き立つ。ついに研究の成果が実を結ぶ。その可能性が見え始めたという希望。


 同時に、誰かの希望を握り潰したという快楽。そんなものが男の脳裏をかすめる。


「これで計画は前へ進めそう、ということでしょうか?」


 男の問いに、科学者たちは我先にと肯定の意をもってうなずいてみせる。


 その様を見つめる口元には笑みを浮かべながら。舞踏会にて身に着けるような仮面の下からは、二つの瞳に冷酷の色をたたえて。


「さあ、〈実験〉を始めましょうか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る