EP02~母に贈る華~

EP02-零:静かな夜の病院


 とある看護婦が溜め息をいた。


 この街では割と大きい方の病院に勤めていて。たまたまその日は夜勤に当たっていた。


 五月の連休の只中ただなかだというのに、と笑ったのは何時間前だったか。どうせナースコールなんて鳴りはしないと、退屈な事務作業をこなすだけ。


 ふと、窓の外を見ると、明かりがいていた。別館の方だろうか。もう消灯時間など、とっくに過ぎているのに。


「え、うそ」


 違和感が言葉となって、口から漏れ出した。誰もいないことをいいことに、そのまま言葉は勝手に唇を伝う。


「だって、あそこって……」


「どうしたの?」


 びくりと肩を震わせるも、さっきトイレに立った先輩が戻ってきただけだった。


「先輩、あそこ、明かりが……」


「今って確か、巡回している最中よね。あの二人ってば、間違えて点けたのかしら」


「あ、そっか。びっくりした」


 まだ若い看護婦は、そっと胸を撫で下ろす。そうだった。今は定時の巡回中だから、電気を点けてしまう人がいてもおかしくなんてないのだ。


「何よ。患者さんが起き上がったとでも思ったの?」


「だって……」


「ふふふ。怖がりさんね」


 優しく微笑ほほえむ先輩の顔を見ているうちに、窓の向こうに見えていた明かりは見えなくなっていた。


「大丈夫よ。あっちの最上階で、誰かが電気を点けるとしたら、あたしたちナースだけ」


「ですよね。起きたくても起きられないから、あそこにいるんですもんね」


「友達も言ってた。植物人間って怖くないの、とかさ。怖いわけないじゃない、ね?」


「むしろ何が怖いんですか?」


「夜な夜な起き上がってこないの、って。ホラー映画かっての。馬鹿らしいよね」


「そんな元気あるなら、さっさと起きてご家族のところに帰りなさーい、って感じ」


「ほんとほんと」


 ひそひそと、ナースステーションの雑談は続く。




 小さな明かりが、彼女たちを見ていることなど気づきもしないままで。


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