EP01-伍:研究者の部屋
我ながらいいものを造った。これならこの地下研究室から出なくても、外にいる人間の視点でものが観られる。難点は、本物の
ロールアウトからそれほど時間が経っていないせいか、まだしっくり
どうやら、少年に話していた
割と港に近いところにあるのは、そもそも社長である
通された室内を操作したカメラ越しに見回してみると、技術者の部屋らしく様々なものが置かれていた。義手や義足はもちろん、それを造るための部品の数々。飾られたポートレートには、白川という男を中心にした集合写真。
『尾雲先生!』
少女の上着に忍ばせたものから受信する映像だから、少女の顔はわからない。だが、彼女が相当の笑顔を向けていることだけはわかる。そんな明るい声色だった。
『千代子ちゃん』
対する相手の顔は、はっきりと見える。
端正な顔立ちはどこか外国人らしさすらある。いや、あの金髪の色味からしてもハーフかクォーターかもしれない。対照的に、ハイヒールで
それでも何か違和感が残る。何だろう?
『良かった、元気そうで何よりだわ。
わかったぞ。その笑顔だ。
優しそう、とでも言えばいいのか。確かに、頭のいい美人研究者、という肩書の似合う女性という解釈はできる。
だがどうしても、この笑顔が
『あら。千代子ちゃん、そちらの方は?』
『どうも! 吾輩、名探偵の
『探偵……? どうして探偵さんがここにいるのかしら?』
不思議そうにはしているが、どうも狙いには気付いているらしい。
美しい
『実はですな、吾輩は河島さんから依頼を受けまして。
『え……? 千代子ちゃん、本当なの?』
視界が揺れる。依頼主が
対して問うた本人からは、哀れな子どもを見るような視線がこちらに……親友を探す少女に向けられている。
『ねえ、千代子ちゃん? 確かに、残念な事件だったよね。けれど、あなたが気に病んでもどうしようもないことよ……』
『違うんです! 私、本当に玲を見たんです。絶対に、あれは玲です‼』
悲痛な叫びだ。
けれどこの科学者に、彼女の親友を想う心は届いているのか。
『嫌な言い方をするけれど、玲ちゃんが本当に港から落ちているなら、何の理由もなく助かるなんてことは……難しい、と思うわ』
『しかしですな。現実に河島さん以外にも、目撃者がいるんですぜ』
『それって、あなたが調べた結果、ですよね? 他人の空似ということは考えなかったんですか? そもそも、あなたは玲ちゃんのことを……山城玲という人間のことを、どのくらい知っているんです?』
『ぅ……』
おーい、ポンコツ探偵。伸びていた鼻の下はどうしたんだい。私が観ている視界が小刻みに動いているってことは、依頼人が震えているってことだろうに。
『重ねて言えば、警察からも彼女は死んだものとして処理すると
鋭い口調に何も言い返せないでいる探偵に、きっと依頼人の中には失望やら
『千代子ちゃん。悲しいけれど、現実を見よう。
「前を向いて生きて……ね」
なんて、酷い言葉だろうか。聞こえだけは希望に満ちているのに、しかし
これを聞いているだろう
同じような希望を託されたがために、自分の恐怖を押し殺して、誰かの為に「殺戮兵器」になろうとしているあの少年にとっては。
理由はどうあれ、この依頼人ちゃんにとって何が最良かを考えるきっかけにはなるね。今後はもう、事件に関与しない。そういう選択肢も有りだろう。
さて、こちらのターゲットは決まった。やるべきことも、だいたい確定だ。あとはこの映像を見ているだろう少年とすり合わせをして、追い詰めるだけ。
そこまで考えが回り始めたとき。
ふと、小さな声が耳に響いた。
『私、諦めたくないんです』
『千代子ちゃん……悪いことは言わないから、もうやめて。あなたが傷つくだけよ』
『それでも、私は……諦めたくない』
『死んだ人は、戻ってなんか来ないのよ』
『……ッ』
息を呑む音がして、視界が急転する。
転送される映像がぼやけている。この雨の中、走り出したらしい。
向かう先は、きっと家だろう。ああ、たくさん泣くといい。どうせもう大切な人には会えないんだろうし。涙の数だけ、思い出を抱きしめたまえ。
「……ッ」
どうして、この胸は痛むのだろう。この街では、そんな当たり前が日常茶飯事だと理解しているはずなのに。
「諦めたくない……か」
もしかしたら。
大切な誰かの手を、もう一度だけでも掴みたい。
そう思って駆け出したかったはずの少年にとって、今の彼女は、その時の自分と重なって見えるのかもしれないね。
「なら、その先は……」
いないと知っているけれど、頼みたくなる。
ねえ、神様。どうか彼女に。
――これ以上の地獄を与えないでください。
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