お嬢様と、ただの友達

「娘よ。パパと鉱石ラジオを作らないかい?」


「お父様……マジで何言ってんのかさっぱりわかりませんけれど、とりあえずそこを退いてくださいまし?」


 この街でも一番に立派な和風邸宅の玄関口。外へと通じる唯一の戸の前で。


 父と娘は対峙しているみたい。


 いつも通りの朝であれば、ただ笑顔で「気をつけて行くんだよ」と見送る父と、「いってきますわ」と見送られる娘というだけのはずなのにな。


 でも今日は、少し違っているみたい。


「お父様、わたくし今日も学級委員のお仕事がありますから、もう学校に行かないといけませんので」


「待ちなさい。最近そう言って早く出るけれど、本当はパパに何か隠しているんだろう。缶詰の奥底に沈んだ魚の小骨一本ですら見逃さないこの私にはまるっとお見通しなんだよ?」


「古いドラマか何かのネタなんでしょうけれど、そういうのはわかる人にだけ言ってくださいまし。それよりわたくし、今日はお友達と一緒に行く約束もしていますのよ。だからさっさと退いてくださいまし」


「高校生になってまだ一ヶ月だというのに? もしかしてそれが朝からルンルンしていた理由か? つまり、うちの可愛い娘のハートをノックするような〈男〉が絡んでいるってわけかい⁉︎」


「どうしてそこで殿方が出てくるんですの」


「勝利を告げる朝焼けのまぶしさの中ですら曇らぬ、このパパの眼をごまかすことはできんのだよ……そう、お前がナチュラルメイクとお気に入りの髪留めでキラッとおめかしアップしていることは既にバレバレなのだ!」


「べ、別に、こんなの普通ですわ⁉︎ この間、お友達にちょっとメイクを教わったから試しただけで……」


「友達と仲良くするなとは言わん。だがこんなに可愛いお前が、どこの馬の骨とも知れない男に、あんなことやこんなことをされているんじゃないかと思うと、パパの広い海のような心だって今にも千切れそうだよ……わかるかいッ!?」


「知りませんわよ、そんなこと⁉︎ そもそも、わたくしに意中の殿方がいるなんて話、わたくし初耳ですけど!?」


「嘘おっしゃい! 高校入ってからどんどん可愛くなっていくじゃないか! 今までずっと女子校に通わせて、混線なんかしないまっすぐ伸びるコードみたいに美しく育てたはずなのに……! それが共学の高校に入った途端、死んだママみたいにどんどん綺麗になっていくなんて……ありえないったらありえないッ‼︎」


「娘が高校で楽しく元気にやっているなら何の問題もないのでは⁉︎ ああ、もう! こんなことをしている時間が惜しいのに!?」


「わあああ⁉︎ ほっぺふくらませてるうちの娘、なんて可愛いんでしょ⁉︎ こんな可愛い子がクラスにいたら絶対に言い寄ってくる男子いるわぁちくしょー‼︎ あぁ、むしろ私がクラスメイトなら風のごとくさらっていくわーヒャッホー‼︎」


「娘のことアホな目で見てんじゃねーですわ⁉︎」


「はっ⁉︎ まさか、相手はクラスメイトじゃない……⁉︎ もしかしてイケメンな部活の先輩……それとも成績優秀なイケメン生徒会長⁉︎ いや、まさかの敏腕若手イケメン教師⁉︎ くっそ、どいつもこいつもスパダリの匂いしかしないじゃないかちくしょーめッ⁉︎」


「だから娘を乙女ゲームの主人公みたいにしないでくだいまし⁉︎」


「どうせ目つき悪い上にクール系気取ってますってな輩だろ⁉︎ あ、いつもニコニコ子犬系もダメだよ⁉︎ そういうやつに限って、甘い顔で油断させて隙を見せたらガブリンチョだからねッ⁉︎」


「もう‼︎ どれだけ娘への信頼がないんですの⁉︎ ああ、本当にお友達との約束に遅れちゃうじゃありませんか⁉︎ いいから退いてくださいまし‼︎」


「くぅ、ダメだダメだッ‼︎ パパは認めんぞっ‼︎ そんな悪い男たちに、うちの可愛い娘を好きにされてたまるかぁッ‼︎」


「だーかーらー、約束をしているのは女の子ですのよ⁉︎」


「う〜そ〜だ〜ね〜! パパ知ってるもーん、それ彼氏との密会を隠す時の決まり文句だもーん!」


「なんて面倒な父親ですの⁉︎ 娘が真面目に学校へ行こうとしているだけなのに⁉︎ ていうか、精神年齢がどんどん下がってませんこと⁉︎」


「娘を守るためなら、パパはどんなはずかしめにだって耐えてみせるッ‼︎」


「この状況で言っても、カッコ良さどころか、説得力のカケラもありませんけれど⁉︎」


 ああ、もうラチが明かないってやつだ。仕方ないなー。


「あのー、ちょっといいですかー?」


 ガラガラと、わざと大きな音を立てて戸を開く。


 ポカンとした顔でこっちを振り返るおじさんに、全力の営業スマイルを叩き込む。


「おはようございまーす! 約束の時間になっても娘さんが来ないから心配になって来ちゃった、友達でーす!」


「え……本当に女の子なの? 確かに淡色のカーディガンをこんなに綺麗に着こなす女子力高くて可愛い子だけども……? いや待て、実は中身〈おとこ〉ってことない!? うちの作者、それやりがちなんだよねッ‼︎」


「作者……って何ですの?」


「そんなメタい話は置いといてー、早くしないと〈学級委員〉のお仕事、進められないよー?」


「はっ、そうでしたわ、急がないと! お父様? 誤解も解けたようですし、わたくし行って来ますわね!」


「ぇ……ぁ、うん……いってらっしゃい……?」


 閉めた戸の向こうから、おっかしぃなぁ……、なんて声が漏れ聞こえてくるから、そっと舌を出す。おじさま、詰めが甘いですよー。まあ、あの父あってこの娘あり、なのかもしれないけど。


「もう……お父様ったら。朝から無駄な体力を使ってしまいましたわ……」


「でも勘は良いよねー? 自慢の娘がこーんなに可愛くなった原因が恋だって見抜くくらいには」


「そ、それは……」


「今日も〈学級委員〉のお仕事が早く終わったら、ちゃーんと〈ごほーび〉、あげるからね?」


 あ、また照れて可愛い表情してる。そんなんだからバレるのに。


 まあ、悪い男がくっつかなきゃ良いだけなら、全然問題ないかな。


 のわたしが、絶対に寄り付かせなければ良いだけだもんね。




「今日も楽しい高校生活、エンジョイしよーね?」

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