ダークヒーローの日

「侵入者はいたか⁉」


 おれが潜む通風孔の下、黒服グラサンのいかにも悪者って野郎どもが三人。


 揃いも揃って銃を片手に話しているのが聞こえる。お勤めご苦労さん。お探しの男はここですよ。言わないけど。


 それにしても、悪党のアジトは地下って決まりでもあんのかね。いくら目がくとは言え、こうも薄暗い場所ばっかりいると、地上をおおうネオンの光が恋しくなるぜ。


「侵入者は赤いマフラーの男だと聞きましたが?」


「ヘルメットをしていて顔が見えないとも……」


「そんなことはいい。とにかく見つけ次第、射殺しろとの命令だ!」


 ご丁寧におれのトレードマークを目印にしてくれるとは嬉しい限り。まあ、見つかるつもりはないけどな。


「今夜、博士が例の〈実験体〉の試運転をする。産業スパイか何か知らないが、絶対にここから出すわけにはいかん」


「でも、もし他の組織が造った〈実験体〉だったら……」


「いいから見つけるんだ。変身する前なら我々の銃でも仕留められる」


 連中の自信からして、結構な金が掛かった銃なのかね。でもさっきかすめたけど全然痛くもかゆくもなかったんだよなぁ。


 もしかして薬品とかで麻痺まひさせるのか。そういえばここの組織、薬品メーカーが母体のはず。さっきも薬剤師っぽい服着たお姉ちゃんたちがわんさか押し込まれている部屋を見かけたし。


「とにかくお前たちはBブロックを探せ。私はCブロックに行く」


 おや、グラサンたちも解散してどっか行ったし。んじゃ、とっととお目当ての相手から情報を引き出して、おれも退散しますかね。


 絶えず熱風を放つ狭苦しい通風孔を匍匐ほふく前進しながら、耳を澄ませる。ボスの部屋ならきっと奥だよな、きっと。


 瞬間。がこんという間の抜けた音と、体重全てがさらわれるような浮遊感。そして落下によって起こる風が、マフラーをひるがえす。主に視界を覆うように。


「っつぅ……!」


 どうやらおれの体重を支えられなかった通風孔がお釈迦しゃかになったらしい。工事会社さん、欠陥工事ですよ。あ、でも悪の組織なんだからちゃんとした業者に頼んでねぇのか。あれ、通風孔を通れると思ったおれが悪かったりする?


「いたぞ‼」


 とか何とか考えている間に、背後から銃弾の嵐。慌てて通路を右に左にとにかく奥にと進んでいく。


 辿り着いたのは、だだっ広いばかりの白い部屋。発展を続けるこの街の市民体育館とか、こんな大きさだった気がする。あんま行ったことないけど。


「撃て!」


 おわ、もう追いついてきやがった。三人がかりでぶっ放してくる弾を、遮蔽物もないからとりあえずダッシュで避けてみる。


 かわしながら視線を壁に向ける。なんだ。そんなに強くないじゃん。ちょっとコンクリの壁にめり込んでるだけだし。


 じゃ、掃除といきますか。


「こいつ、ちょこまかと……、っ⁉」


 とりあえず急接近。ふところに入ってからのアッパーカット。唖然としている他の二人を回し蹴りで一掃。転がったうちの一人のこめかみに、ご自慢の銃を突きつける。


「自分とボスの命、どっちが大事だい?」


「ま、待て……撃つな……撃たないで……」


 こいつにして正解だな。一番ビビっていたから、命惜しさにボスのところまで案内してくれそうだ。


 刹那せつな。視界にチラついたのは、キラキラ光る粉。しまった、息が苦しい。


「ッァ……ガァぁッァァァァぁあ⁉」


 目の前の男が溶け始める。まるで泡のように崩れていく相手から退きながら、周囲を警戒する。この身体、何分くらいなら呼吸を止めていられるのか。


「痛い……助けて……」


 か細い女の声。振り向いた先には、華奢きゃしゃなシルエット。そのスカートの隙間からモクモクと煙が吹き出し、それが倒れ伏した男たちを溶かしていく。


 つまりあれが、この組織が造り出した―――〈実験体〉。


『ミッションコード、変身』


 天井から聞こえたのは、しわがれた男の声。その呪詛じゅそが、女ののどから声にならない悲鳴を上げさせ、その体躯たいくを全く違うものへと変えていく。


 広げたはね鱗粉りんぷんを撒き散らす。その形はちょうとも思えたが、この能力からしてきっと毒蛾どくがなんだろうな。大きな複眼がこちらを凝視してやがる。


『さぁ、そのヒーロー気取りの男を殺せ』


 あざけるような笑みを含んだ命令が、化物の姿にされた女に苦悶くもんの声を搾り出させる。


 ああ、まだ人間であろうと必死に悪足掻わるあがきしてんだな。いいぜ。だったら付き合ってやる。


「ミッションコード……」


 そっと上着のファスナーを下げ、そこから露出するベルトに意識を集中していく。


 見せてやるよ、本物の化物の力ってのを。


「変身っ‼」


 嵐が吹き荒ぶ。その風にあおられるように、骨格が、血管が、細胞の一つ一つが励起れいきして。ベルトに内蔵された〈コア〉から吹き出した微粒子たちが、スカルマスクの怪物をここに誕生させた。


『貴様も〈実験体〉だったのか⁉』


 野郎の驚嘆など知ったことかと地面を蹴り飛ばす。たった一度の跳躍ちょうやくで距離を詰め、右拳を腹部に打ち込む。よろめいた胸の中央へ、さらに渾身の左ストレート。抵抗する間もなく仰向けに倒れた相手を観察する。


 どこだ、こいつの〈コア〉は……。


 一転、翻った翅から金の鱗粉が舞う。横へと跳んで逃げると、空中へと飛び上がった毒蛾の死の風が吹き荒れる。


 ダメだ、こいつに正攻法で挑んでも勝ち目はない。避け続けてもこっちが疲弊するだけ。おまけにこの閉鎖空間じゃ、毒が蔓延する一方だ。あの攻撃を遮るものがない以上、一旦ここから退避するしか。


「ああああああああああああああああああああああああ⁉」


 金切り声。それは彼女が、毒を撒くだけ命を擦り減らしているのか、あるいは必死にその命令に抗っているのか。どっちにしろ、関係ねぇや。


 そっと意識を左の足先に集中。


HOPPERホッパー


 ベルトが鳴らした相棒の名を合図に、左足で床を蹴る。さっきまでとは比べ物にならないほどのジャンプ力で、一気に相手の上まで跳び上がる。


 待ってろ。すぐにそんな痛みから解放してやるからよ。


HOPPERホッパー……Exterminationエクスターミネイション


 右腰のボタンを押し込む。あふれ出した力をまとう足先が、天井と接地した瞬間の反発力を増大させて、おれの身体は急転直下。そうして回転して床を蹴り、また跳躍。壁も天井も全てがおれを飛ばすジャンプ台だ。


 その速さには追いつけないらしく、毒鱗粉を振るう翼が右往左往し始める。


 よし、やっと視えたぜ。狙いは一つ。背中の中央、二つの翅の付け根。そこにきらめくアメジスト色の〈コア〉。


「ライジング旋風キィーック‼」


 上空からの落下エネルギーと、左足に溜まった熱とが必殺の一撃となって、彼女を縛る力の源泉を砕く。


 転がり落ちた相手は、既に怪物の姿ではなかった。戦いで泥まみれになった顔は、けれどどこか救われたような穏やかさで。


「ああ、なんてことを⁉」


 どこから出てきたのか、白衣の老人がくずおれた女に駆け寄った。あの慌てようじゃ、まさか親族か。よく見れば鼻の形がよく似ている気がした。


「〈コア〉が……私の希望が……粉々だ⁉」


 けれど、叫んだのは娘への愛情などではなく。ただ、貴重な研究材料を失ったというマッドサイエンティストとしての未練だけ。


「これさえ残っていればまだ研究が続いたのに! ああ、これからどうしたらいいのか……ぁ、何をする⁉ は、放せ⁉」


 白衣の襟首えりくびを掴んで持ち上げる。ジタバタ手足を振っているが、今のおれにはそんなもの蚊が止まったようなものだ。


「あんた、さっき言ってたよな。ヒーロー気取りの男、って」


「⁉」


「悪いけどおれ、通りすがりのダークヒーローなんだわ」


「よ、よせ⁉ や、やめ……っ⁉」


 渾身のハイキックを、その背中に叩き込む。ちょうど、彼女が〈コア〉を埋め込まれた場所に。


「……がと」


 女の口から漏れ出したかすかな声を、この耳が捉える。もしかして、生きているのか。だったら。


 しかし抱き起した彼女の瞳は、ただ虚空を見ていて。そうして壊れた機械みたいに、唇だけを動かしていた。


――ありがとう。


「うるせぇ……生まれ変わって、もっと美人になってから言いに来い」


 そのまぶたをそっと閉じながら、寝かしつけるようにささやく。


「それで、幸せに生きろよ」


 どうしてか。ただ力尽きて崩れた女が。




 嬉しそうに笑った気がした。

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