第5話 上から覗く日常

「わーきれいだね」

 展望台へついた。日が沈みかけていた。夕焼けが景観を美しく彩っていた。遠くに、だが

壮大にどっしりと構える山が夕焼けによって色化粧をし、普段とは異なる奇麗さを赤々と

演出していた。

 オレは静観していた。その景色に目を奪われてしまったのかもしれない。

 彼女は芝生を走り出した。両手を広げて、笑っていた。このまま身を乗り出して、飛び降りてしまうのかという不安があったが、そんなことを今はしないだろうという信頼があった。

 彼女は山を指さして大きく開けた口で今見ている情景に感嘆の声を漏らす。

 オレはこくりとうなづいた。

「やっぱり日本一の山は違うね。港も夕陽に反射して滅茶苦茶奇麗じゃん」

「同じこと思った。来てよかったかも」

 少し笑みがこぼれた。

「あれ、あそこらへんが私たちが住んでる街かな?」

 彼女が指をさす。オレはその方角を眺めた。確かに、わかりづらいけど、そうかもしれない。彼女は、あれやこれやと場所を言い始める。オレはそれに頷いていた。

 そして、彼女が次に言った言葉に、オレは頭を打ったような衝撃を受けた。

「なんか、ぱっとしない街だと思っていたけど、ここから見ると、全然違って見えるね」

 オレはハッとした。その言葉がオレの感覚を鈍らせた。いや、活性化させたとでもいうのか。確かに、彼女の言うとおりだった。

 オレはここから見る景色を美しいと思った。山も港も、そして街自体も。オレは、いつもあそこの中で何を思っていたのだろうか。灰色のつまらない世界にずっと見えていた。退屈で死にたいほどつまらない薄汚れた景色。

 だけれども、ここから見た景色はいったいどうだろうか。真逆の世界だった。

「いつも……オレは、この町にいい思いを抱くことが出来なかった。なにもないありきたりな平凡で平坦な代り映えのないように思えていた。つまらない日常という毒がさらに体に回ってしまうような、強烈な毒を放出していた。オレはそんな日常が嫌で、非日常を望んだ。そこで出会った非日常が君だった」

「急に、どうしたのさ」

 彼女は鼻で笑う。

「だけど、こうやって、上から見て、角度を変えてみると、全然違った。灰色なあの街の色鮮やかさを感じてしまった。美しいと思ってしまった。つまらない日常だったはずの場所が美しい非日常に見えてしまった。オレはすごい感銘を受けたんだ」

「どういうこと?」

「ねえ、今度、2人で街を散策してみない? 君となら、違う非日常と出会えそうな気がする」

「ハハ、君は面白いことを言うのね。いいね、いいよ」

 彼女は芝生の上に寝転がった。足も腕も無造作に投げ出した。そして、大きく笑った。よく笑う子だなと思った。オレも彼女に合わせて寝転がった。そうした状態でポツポツと会話をしていた。そうすると、薄暗くなっていった空から点々とした星々が見えるようになってきた。そして、半分の月が姿を見せていた。彼女は横にいるオレを見つめて嬉しそうにこう言った。

「月が奇麗だね」

「どうしたのさ、急に」

「フフ。正人君の真似よ」

「なにさ。文豪にでもなったつもり?」

「さてねー。ねえねえ、夏目漱石って、どうしてそんな風に訳したのかな?」

「わからないよ」

「きっと、隣にいるその人と同じ想いを抱いてていたいって思ったんじゃないかな? なんちゃって」

「……」オレは瞳孔が開いた。

「正人君て、夜と、朝と、昼と、どれが好き?」

「えっと、なにさ。その質問。……どちらかというと、夜……かな?」

「ハハハ、私も~。夜が大好き! ……一緒だね」

 真衣は、屈託のない笑顔で、嬉しそうに言った。オレはその笑顔に見惚れてしまった。照れくささを隠すようにして、空を見上げた。


 ……確かに、月が奇麗だな。

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