第4話 そこにある日常

 まずは遠くへ向かおうとしていた。とはいっても数駅先のところにしようかなと思っていた。どこへ行くかは分からないけど、必ずどこかへと連れていってくれるそんな電車を待っている。ホームに立ち、決められたレールを走り続ける電車を待っていた。オレと彼女はそれをまだかな、と待ち尽くしていた。時々、線路の向こう側を眺めて遠くに走っているだろう電車を眺めていた。

「誰かとこうして待っていることなんて経験ないかもー」

 陽気に笑う。差し込んだ日差しが彼女を明るく照らす。

「確かにそうかも。しっかしながら、電車を待っているのって嫌いなんだよね。早く来ないかね、と。さっさと乗りたいんだよね」

「ああ、私も待つのがあまり好きじゃないんだ。お店で行列があったら絶対ならばないもん。それだったら、空いてる店にGoてね」

「お腹空いているから早く食べたいよね。わかるわ。みんなよく並べるよね」

「そうだねー」

 そんな他愛もない会話をしていたら、アナウンスが入った。もうじき待っていた電車が到着するみたいだ。

「待ってた、待ってた」アヒル口をつくり、手を胸の前に出して、作ったこぶしを上下に振る。「これで、引かれましょうね」とんでもないことを言っているが、それを平然と受け止めてしまうぐらい麻痺している。

 可視化できるところまで電車が来ていた。タイミングを足で音を立てながら待つ。彼女が珍しくはしゃいでいた。

 じゃあ、と飛び降りる。そういうタイミングだった。そうすると、先客がいてしまった。

 オレたちの横を颯爽と走り抜けた。そして、今まで聞いたことのない騒音を耳にすることになった。そして、上がる悲鳴。オレたちの周りにいた同じ光景を見てしまった人たちは悲鳴を合唱してしまう。

「うへえ」

 変な声を彼女は出した。

「電車に轢かれると、こうなるのかぁ」

「碌なもんじゃないね」

「ちょっと帰りましょうか」

「うーん。そうだね」

 オレ達は電車に乗る気が失せてしまった。いや、まあ人身事故があったのだから、目的地に行くには時間がかかるから、別のところへ行ったほうが得策な気がした。

「どこ行きたい?」

 彼女がそう尋ねるので、オレは「うーん」と悩んでいた。

「イテテ……案外楽なもんじゃないな」

 オレはびっくりして思わず2度見してしまった。血だらけのさっき電車へとダイビングした人が、去っていった。

「どうしたの?」

「あ、いや……何でもない。そうだ。せっかくだから、電車はやめてバスにしない?」

「いいね。バスバスー」

「動物園とかどう?」

「山の上にあるあそこね。いいよ。いいじゃん! 久しぶりだなぁ。小学校の遠足ぶりじゃないかな」

「ああ、君も行ったことがあるんだ」

「うん。じゃあ、行こう」

 彼女はオレの手を握る。耳が真っ赤になる。彼女はお構いなく、走るのだった。


「さて。ついたわね」

「あいかわらず、寂れている所だね」

「まあ、でも動物がたくさんいるよ。いこいこー」

 彼女は今まで見たことがないくらいにはしゃいでいた。まるで子供のころに戻ったようだった。

「あれ、レッサーパンダくんの看板。ようこそだってさ。写真撮る?」

「ごめん。持ってない」

「私も。あ、ちょうど撮ろうとしている人いるじゃん。写ってこよー」

「ええ……なんでそうなるの」

 そう言って、冗談半分で、後ろのほうに回り、二人でピースして、こっそりというには大胆に写った。

 逃げるようにして、去っていった後ろからは、驚いた声が聞こえてきた。それを背中に聞いて、二人で笑っていた。

「ペンギンも可愛いね」

「そうだね。あ、でもここで有名て言ったら白熊のラッシー君だよ」

「ほう、そういえばいたね。見に行こう」

 ここの白熊のラッシー君と言えば、同じことを延々と繰り返しているということで有名である。まるで、機械のように。生き物というものを感じなかった。水に背を向けて、ゆっくりと頭から飛び込む。そして、深く潜ってから、浮上する。そして、陸に上がってから何をするわけでもなく、そのまま背面から水に飛び込む。潜り、浮上。これをずっとずっと行っているのだ。

「え……ずっと……」

 明るい彼女も段々と顔を曇らした。顔が引きつり始めた。

「なんでこんなことしてるんだろう。死ねない私が死のうとしているみたいな感じがする。なんか、かわいそう」

 同情を得てしまったようだ。オレは、何も言えなかった。

「目が死んでるね。ねえ、君、私の目って生きてる?」

「そりゃあ、生き生きしているけど」

 嘘はついてないけど、そりゃ死んでるねなんて言えないよ。

「なら、いいや。ま、他のところも見に行こう」

 そうしてオレたちは園内をまわった。この動物園で、暮らす動物は、特に大きな動物、さっきの白熊もそうだし、サイや、カピバラとか、ゾウとか、人の見世物として、閉じられた檻の小さい世界の中でただただ、同じ時を小さな空間で意味もなく生き続ける彼らにとってここは地獄の底なのだろうか。

 野生に出れば、幸せなのだろうか。一瞬そんなことを考えてしまった。だが、野生は自力で生きていかなければならない。ここでは、外敵もいない。ごはんも決まった時間に必ず食べることが出来る。生きる事に対してなんら不備はない。だがしかし、代わりに、生きる苦痛を味わうのだろうか。まるで、オレ達と同じではないだろうか。そう考えてしまう。姿を重ねてしまう。

 オレもそうだ。衣食住が約束されている。生きることに事足りる。だが、毎日登下校し、部活も友達とも遊ぶことはなければ、宿題をし、勉強し、ゲームや、漫画、色々と時間をつぶす何かを行っている。そうして、オレの生をつぶす。

 彼女と感じた事を、オレも少なからず感じてしまった。

 この動物園の動物たちに嫌悪感を得てしまったのは、同族だからこそ、感じてしまった事なのだろうか……。

「みんな目が死んでるけど、なんか、世の中にはいろんな生き物がいるんだな、て思って面白いよねー」

「そうだね。レッサーパンダとか、可愛かったね」

「だよね。ね、次はどうする?」

 彼女は後ろに手を組んで、腰を曲げて、上目遣いでオレを見上げてきた。その仕草が、少し心臓を熱くさせた。

「とりあえず、歩き疲れたし、ベンチに座ろうか」

 オレは彼女にそう提案し、近くにあったベンチに腰を下ろした。

 横並びになって、オレは少し照れた。あまりこういう経験がなかったからだ。彼女はこういうのに慣れているのかは知らないが、オレの気持ちに構わず、遠慮せずに距離を縮め、肩に頭を乗せてきた。

「なんか、楽しかったね。たまには、こういうのも悪くないのかもしれない」

「そ、そうだね……」

 オレは上を見上げた。広々とした青空がそこにあり、自由気ままに雲が泳いでいた。彼女を横目に見た。彼女の目線はまっすぐ向いたままだった。オレは口を一の字にした。

「そういえば、私思い出したんだけど、ここの近くに心霊スポットがあるんだって」

「そんな雰囲気の話する事?」オレは思わず噴き出した。「なんだっけ、首無しライダーとかだっけ?」その話にとりあえず乗ってみることにした。

「そうそう。トンネルの近くに、ワイヤー線を誰かがいたずらで、伸ばして、それを知らないバイク乗りがスパン、と。それで、夜になると今でも出るとかなんとか。亡くした自分の首を探してーみたいな。死んだこと気が付いてないのかね」

「案外そういううモノらしいじゃん。わからんけど。君は幽霊とか信じるの?」

「信じはしてないけど、いたら面白そうだな、て思ってるよ」

「なんだよ、それ。まあ……オレは信じてないの方だけど、確かに、いたら面白そうだよね」

「ハハハ、そうだね。非現実的な非科学的な、そういったものが、こんな退屈な日常へのインスパイアになる、てね。陰謀論とかもその中の一つになるかもね」

「まあ、そういうのにあれこれ思考を巡らすのも、いい暇つぶしになっていいよね。ワクワクする感じが」

「そうそう。ハハハ。気が合うね」

「なんだよ、それ。え? じゃあ、あれトンネルとか見に行くん?」

「いや、遠そうだから、それはいい。だけど、なーんかもう少しゆっくりできるところへ行ってみたいかなー」

「ふーん。じゃあ、展望台でも行ってみる? オレ、行ったことないからせっかくだから行

ってみたいかも」

「いいよー」

 そういうことで、オレたちは展望台へ向かうことにした。

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