第3話 廻る非日常

 オレは彼女の為にどう手助けをしたらいいのだろうか。わからない。でも、わからないな

りに知恵を絞らなければならなかった。

 だけど、考えるに、あの投身自殺を目の当たりにしているのだ。目の前でくっきりと見た。しかしながら、彼女は生きていた。高さが足りないとかそんな単純な課題ではない。そんなものでどうして死を手伝えるというのだろうか。

「どんなことをしてきたの?」

「そうねぇ。とはいっても、飛び降りくらいしかしたことがないわ」

 オレは試しに、ロープを買ってみた。そして、天井にくくりつける。椅子を台にして、作った輪に首をくくるように言った。そして、彼女は細い小さな首に一周する死の円を巻き付ける。そして、椅子を蹴った。重力により、体は勢いよく落下した。ボキッと首が折れる音がした。オレはさすがにその光景は見られない。目をそらした。

 空中に浮いた彼女の体は時計の針のようにゆっくりとクルクル回る。そして、時計の針が逆に回り始め、オレに体の正面を見せた。

「ごめーん。だめみたい」

 彼女は何事もなかったかのように笑った。首も腕も足もだらんとさせて。そんな状態とは釣り合わない明るい言動だった。

 本当、変わった子だなと、オレは苦笑する。

 次には、溺死だろうか。ちょうどここは団地であるので、しばらく使われていないバスルームがあった。そこに水を溜める。オレが力任せに押し込んでもいいのだが、それでは、確実性が失われる。であるからして、そのあたりから大きな石を持っていき、それを彼女に抱かせて、ロープをそれに巻き付けて、浮かび上がらないようにする。

 沈めてみた。彼女は、最初は暴れまわったが、自力では上がれない。これなら、彼女の望みを叶えてあげられる事だろう。30分ほど、沈めることにした。これくらいあれば死ぬに十分な時間となろう。

 オレは時間になり、彼女を引き上げた。意識はなかった。オレはようやく彼女の夢を叶えられた感と思った。青白く美しく眠る彼女の頬に手をそっと置いた。オレの視界がぼやけた。歪んで見えた。静かに眠る彼女の儚さがオレの心を打った。もし死神が彼女のそばをいるのならば、オレはそいつらを払いのけてやりたかった。でも、彼女の望みはそいつらに連れていかれることだ。

 すると、せき込み始めた。水を吐き出した。呼吸を始めた。意識もうつろであり、回復するのに時間がかかった。だが、治ると、いつもの饒舌な明るい彼女に戻った。

「思ったよりきつかったわ。でも、途中でぼんやりとして、それが延々と続いていくのよね。まるでまばらな夢の世界にいるよう。でも、その夢は悪い夢。悪夢のよう。だから、2度とはごめんだわ」

 気持ち悪そうにして少し寝込んでいた。オレはこれでもダメなのか、とがっかりしたが、でも、その中にどこだか安堵の感情が漏れ出していた。何故なのだろうかが、オレはわからなかった。

 よくある睡眠薬の一気飲みを試してみた。途中で吐き出した。「こんなのは気持ち悪いから死ねる気がしないわね」と不思議な自殺レビューをしている。

 練炭自殺なんかもよくあるもの。でも、これも駄目であった。

 どうすればいいのだろうか。なにを行っても、彼女は生きてしまう。死ねない。彼女の顔は曇るばかりである。

 オレは最初、こんな非日常を望んでいた。不可思議なものをオレは喜んでいた。しかしながら苦しむ彼女を見るたびにオレの心は痛むばかりだった。

 オレは他に何かしてあげられることはないかと考えた。この何もない状態が続くと、いつもの息が詰まるばかりの日常に戻ってしまう。それは疎ましいものである。

 オレはそういうときの気分転換はどうしているか。どこかへ散歩する、だ。だから、一つの気を紛らわすために、オレはこの外へ彼女と一緒に出ることを望んだ。

「ねえ。外へ行ってみないか?」

「外?」

「そう。ここ以外のところを行ってみない」

「例えばどこよ?」

「それは、わからないけど……」

「だめね。そんなんじゃ」

 オレは目を伏せた。こういう時になのも思い浮かばない自分を卑下した。

「わたしはここにいたいの。どうしてかはわからないけど」

 彼女は遠くを見た。オレはその目線の先を見た。何もなかったが、遠い街並みを見ようとしているかのようだった。

「電車なんかどうかな? ひょっとすると、死ねるかもしれないよ」

 オレはここにとどまろうとする彼女に遠くへ行ってもらえるような提案を思いついた。

「それも、いいかもしれないわね」

 確かに。と彼女は納得する。そして、オレ達は外へ出かけることにした。気が付くとオレは彼女の手をつかみ、引っ張っていた。「強引だね」と笑う。それにつられてオレも笑うのだった。

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