第2話 舞い降りてきた非日常
オレは最初に何をしたらいいのか。頭の中がぐちゃぐちゃでどうすればいいのか考えがまとまらない。というか、思考ができないでいた。
ただ目の前にある非現実をどのようにして現実へ落とし込んでいくのに必死であった。
「痛―い」
「ファッ!?」
オレは驚愕した。
なぜなら、死体が動き出し、しゃべり始めたからだ。
「今回もまた、だめだったみたいね」
むくりと起き辺り、大きなため息をついていた。
「あれ? どなた?」
「え……いや……」
絶句した。言葉にならない。というか、どのように言葉を発してすればいいのかがわからないでいた。わかってたまるか、という感じではあるが、オレはこの非現実的な実情を目の前に驚愕していた。
「驚くのも無理ないわね。そりゃ、目の前から人が飛び降りてきたらびっくりするよね。まあ、でも、ぶつからなくてよかった。死のうとした私がこうして生きて、ただ通りがかった君が死んじゃったら不慮な事故で収まらないわね」
ちょっと、何を言っているのかわからない。というか、言葉が詰まって出てこない。頭の中が真っ白。いや、色々なものがまざりにまざって、空白になってしまった。
「あなたは、誰?」
「……」
「ああ、私のほうから名乗ったほうがいいのかな? 私の名前は伊勢真衣。さて、君は?」
「えっと……オレは甲斐正人」
「正人くんね。よろしく。私のことは、真衣て呼んでいいから」
愛嬌のある笑顔をオレに見せてくれた。オレはまるで太陽のようなその笑顔がまぶしくて、顔をそらしてしまう。日にあたったように顔が火照ってきた。
彼女がどうしたのかと尋ねてきたが、このまま彼女のペースに乗せられたままだと、何も話せなくなってしまう。ただでさえ、鼓動も激しく、いつもとは全く違う体の様子なのに、これ以上新しいことがあると頭がどうにかなりそうだったからだ。だから、オレは話題をふっかけようとした。
「君は、ここで何してたの?」
「うん? ああ。ちょっと恥ずかしいのだけど……」腰まで伸びた長い髪の毛を指先でくる
くると巻いて口をとがらせていた。「死のうとしていたの」あっけらかんと言ってのけた。
「でも、見ての通り生きてたわ」両手でピースを作った。態度はお茶らけていたが真顔で言
っていた。言動の差異が激しかった。
しかしながら。彼女の言動のように摩訶不思議で、現実離れした不可思議な現象が起きたというのはまぎれもない事実である。
そう。彼女は空から降ってきた。つまり、屋上から飛び降りた。そして、オレの目の前で、頭を地面に強打した。そして体の内側にあるものを外へと豪快にぶちまけた。誰もが死というものを認証する事象。だが、彼女は日常のワンシーンの、睡眠から目が覚め起き上がるかのように意識を覚醒させた。
「いつからなのかはわからないけど、私は、死ねないみたいなの」
彼女は登下校か休み時間の時に友達にする他愛もない会話のように軽い調子でとんでもないことを言ってのけたのだ。僕の疑問はなかなか解消されずにいた。
「私は死にたいのに。どうして、死ねないのかな」
彼女は目線を落とした。切なさを醸し出していた。哀愁さがある。オレは先ほどまで明るかった彼女のギャップに驚きを隠せなかった。
「私はね、ずっと死にたいと思っていた。いじめや家庭環境に問題があるというわけではない。ただ、いつも通りに過ごすこの当たり前の日常に嫌気がさしたの。毎日同じことの繰り返し。代り映えのない日常。これが10年、20年もっともっと。たくさん続いているのかなと思ったら、絶望してしまった。だって、そんなの生きた地獄じゃない。だから私は死にたかった。つまらない日常をただただ消費することを謳歌するぐらいなら、ここでビシャッと帳を下ろしてしまおうって。だから、死のうとしたの。でも、死ねなかった。いや、生き返ったの。なぜか私は死ねない体のようだったの。絶望した。だって、生きたくないのに生きることを強制されている。だから、私は、自分の死に方を探しているの」
彼女は話し終えた。しかし、初対面の人によく話せるものだと思った。オレは、彼女の言葉をただただ黙って聞いていた。オレは彼女の悲しみを完全に理解できない。言葉もわからない。でも、事実であるというのは理解できた。そして、一つだけ共感することがあった。
彼女も日常に飽き飽きしていた。オレと一緒だ。
「もし、よければ、なんだけど、オレになにかできることはないかな?」
共感を得てしまったからだろうか。彼女の何かに惹かれたからなのだろうか。もしくは、オレの望んだ「非日常」が目の前にあったからなのだろうか。答えはわからない。でも、オレは直感で彼女と関わることができたら、オレの望んだ非日常が手に入るのではないのだろうか。そういった自分勝手な願望から、オレは彼女に提案した。
「いいの? よければ、死にたい。それを手伝ってほしい」
オレは彼女のこの狂った提案を快諾した。
そうすることでオレは自分の望みを叶えられると信仰してしまったからだ。
そうしてオレの「非日常」が始まりを告げた。
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