昔アニメで見た「おじさん」呼ばわりを否定したくなる気持ちが少しわかった話

ヒビキセン

心は少年、見た目は大人になっていた

 「あ、おじさんだー」

 少年の些細な言葉が自分に対する発言だということに、数秒かかった。

 何せ、その少年は他でもない俺を指差していたからだ。


 (え、俺っておじさんだったの!?)

 平日の十時四五分、ニコニコと笑う少年、スーツ姿の固まる俺。

 公園には幼稚園児が遊具で遊び、先生が見守っている。

 「○○くん、人を指差しちゃいけません!」

 「はーい」


 少年はその場を去っていったが、彼の言葉が俺の心には残っていた。

 俺は面接地近くの公園でベンチに座り、履歴書に視線を落とす。

 (俺は少年から見たらおじさんだったのか)


 ふと幼少期に見たアニメを思い出す。子供におじさん呼ばわりされて「俺はお兄さんだ!」と怒るというやりとりを、しょっちゅうしているキャラクターがいたことだ。

 そのアニメを見ていた子供時代の俺はなんで怒るのか理解できなかった。

 「だって、おじさんじゃん!」といつも不思議だった。


 しかし、気づけば自分は二十五歳。

 俺は反射的に否定したくなった。

 「俺、まだ二十代だし、お兄さんだから……」


 アニメの様に叫んでツッコむ訳でもなく、現実は急に大声を出したら怖がらせてしまう。何よりそんな勇気を俺は持ち合わせていなかった。

 せいぜい出来るのは、ベンチで下を向いてひとりごちることだけだ。


 自分では全然若いと思い込んでいた。

 思えば自分も小学生時代は中学生が立派な大人に見えていたし、中学生時代は大学生が立派な大人に見えた。

 幼稚園児からすれば、俺はおじさんなのかと気づいてしまった。

 なんか全然認めたくなかったけど、現実はおじさんなんだ。


 心は厨二病のまま生きてきたが、体はすっかり大人になっていた。

 少年に気付かされてしまった。

 子供の頃は髭が生えるなんて気持ち悪くて嫌だと思っていたこと、

 普通に働くなんて嫌だと思っていたことを……。

 俺は気づかぬ内に忘れていた。


 しかし、今の俺は髭が生えても気持ち悪いなんて思わない。むしろ格好良く整えようと考える。

 体の成長に合わせて、自分では気がつかない内に考え方も変化していた。

 少年の素直な言葉が気づかせてくれた。

 きっと成長とはまた違うんだろうな。

 俺は剣や魔法が大好きなまま、少しずつだけど変わっていたんだ。


 だって、子供の頃に「普通」と呼んでいたことがどれだけ大変で立派なことなのか気づくことができた。


 スマホが振動する。

 気づけば十時五十分。


 名も知らない少年の言葉が、俺を現実と向き合わせてくれた。

 五分前の俺とは違う。

 自分の忘れていたことを思い出し、変化に気づけた。

 俺は少年時代に嫌だと思っていた「普通」に働くため、面接会場へと向かった。

 

 


 

 

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昔アニメで見た「おじさん」呼ばわりを否定したくなる気持ちが少しわかった話 ヒビキセン @megane69147

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