ボトルメール
ボウガ
第1話
父が日本人で日本へ移住してきたアメリカ人の少女、しかしその移住の後1年もたたないうちに両親を不慮の事故でなくした。日本にいる親戚がなんとかしようとあたった結果、親戚に子供を欲しがっている人がいると聞いた。なんでも子供をつくれない夫婦だという。大人の事情は分からなかったが少女はその家に引き取られることにきめた。
その家の父と母は仲が良かった。父は礼儀作法に厳しいこともあったが、日本語が拙い彼女に対してとてもやさしかったし風習なりもゆっくり覚えていけばいいといっていた。それに対して母は、自分に表面上は優しく接して笑いかけてくれるのだが、どこか距離のある感じで、得意の絵などをみせても、字の練習をみせても、愛想笑いをしたり、ふと遠くをみていて自分に気づくのがおくれたりと、自分に関する無関心ささえ感じて時折冷たささえ感じることもあった。
彼女はその二人の義理の両親に感謝をしながらも、時折寂しくおもったものだ。本当の家族でないから、分かり合うには時間がかかるのか、それとも本当には分かり合えないのか、学校などで何かうまく行かない事があると、ひどくふさぎ込み、両親が寝た後、そこは海沿いの家だったので、一人で海にでて、はだしで波をながめていたものだ。
そんなある時、少女はながれてくる綺麗なボトルに、手紙が入っているのをみた。いわゆるボトルメールだ。自分が誰かに言葉をはきたいが故に、その人の言葉を受け取って見たいと思った。きっと偶然だろう、意味のない言葉かもしれない。けれど少女は苦しい思いを解放してくれるそれに一縷の望みを託した。
ボトルをひろい、手がみをひろげた。そこにはこんな文章があった。
「拝啓、何もしらないあなたへ、私は、ある大病を患い、ここでこうして手紙を出すことしか楽しみのない人間だ」
そこには、彼の苦しみがかかれていた。体が徐々に動かなくなる難病であること、右足がすでに不自由であること、いつまでこうして手紙を出せるかわからないこと、三通目の手紙であること。そして手紙の最後にはこうかかれていた。
「君は、楽しくいきてくれ」
彼女は、その言葉と彼の苦しみに同情し、そして涙した。きっと自分が苦しいだろうに、こうして人の幸せを願うために、この手紙は書かれたのだ。
その翌日、両親の喧嘩をきいた。
「心をひらきなさい!」
と父が母をしかる
「どうしたらいいかわからない、時間をください、ゆっくり愛情をそそぐから」
少女は、二人はきっと自分のために苦しんでいるように思えた。それに少女は、時折海にでるとあのボトルメールをいくつか拾う事があったのだ。それが彼女のささえとなった。
少女は、母親が自分に距離をおくことに少しおちこみもしたが、自分が少しずつ母親に歩み寄る努力をしようと思えた。母親も、少しずつ彼女に興味をもちはじえmた。そんなある日の朝だった。早朝に物音で目が覚めて起きて様子をみると、母親が(物置)とされている部屋からでてきて何かをしている。その後、家をでた。こっそりついていく、と母親が、ビンに手紙をいれて海に放っているではないか。
少女は落ち込んだ、あのビンは、フィクションだったのか、それも母親が作り上げた空想だったのだ。少女が積極的になることで、それなりにうまくいっていた母親との仲は、今度は少女のほうから距離をおいた。深夜、両親の喧嘩がまた始まった。少女はそれが収まるころ、見計らって海に出た。
その日の海は少し波があれていて、そればかりか奇妙な恐ろしさがあった、波の模様が人にみえて、それがいまにも立ちあがってきそうで。すると、背後から物音がした。それにおどろいて岩陰にかくれる、と、そこには母親の姿があった。
「ごめんなさい……ごめんなさい、A君」
そこで母親は、事の次第をすべて話はじめたのだった。その両親には、もともとAという息子がいた。しかし少女と同じ年ごろになるころ、難病にかかった。その病は予想以上にひどいもので、1年もしないうちに彼は衰弱しきった。そんな彼の望はひとつ、“ボトルメールに手がみをいれて、僕の戦いが誰かの勇気になるように”そうして、母親が代筆するかわりで手紙はかかれた。初めは彼自身がボトルメールをつくっていて母親が海辺に流しに行くだけだったか、数か月もするうちに家の外に出られなくなった。家で看病する事をきめて、家族全員で彼の面倒をみた。しかし、それも一年で彼がなくなったため、家族は苦しみの淵にあった。
「もう子供をつくるのはやめよう……」
そう父につげられ、母親も納得した。しかしあまりに落ち込むので二人で話あい、養子をとることにきめたのだ。そんな折、親戚の少女の不幸を聞いて引き取ったのだった。
話の最後に
「どうすればいいのかわからない、あなたを忘れてしまいそうで……手紙もまけなかったの、いまさら少しずつまいているけれど、あなたはきっとゆるしてくれないわ」
その時、彼女の奥、押しては引く並みの間から、人影がにゅっとあらわれたのをみた。その瞬間少女は今朝、父から警告をされたのを思い出した。
「もうお盆の時期になるから、海にはでてはいけないよ」
「どうして?」
「おばけがでる、ご先祖様たちが戻ってくる時期、そういう風習があるんだ、日本には」
“まずい!!”
と悟った少女は、すぐに母親にかけよる、そして叫んだ。
「お母さん!!」
人影は巨大な波になり、二人に襲い掛かった。母親はいった。
「逃げなさい、私はもう……」
「お母さん……でも……私、手紙をうけとって……“私の似顔絵”がかかれた絵だった、それは、きっと“彼”がまたどこかで生きていて……」
「なぐさめはいいの、不思議な話だけれど……私の持っている手紙にはどれもそんな絵などなかったわ」
母親の腕をみると、黒い人の手ががっしりとつかみ、海へと引きずりこもうとしている。
「お母さん、お願い、私はもっとあなたと仲良くなりたいの!!」
「……」
母親は、頭をさげ、そしてあげるといった。
「私もよ、なぜなら、夫には黙っていたけれど、私が本当に欲しかったのは、娘だったから、そしてあなたはとてもかわいい子よ、だから、でも、私は過去にとらわれてしまった、あの子を忘れながら生きているのがつらいのよ、だから……」
また、反対の手を黒い人の手ががっちりつかんだ。力はしだいにつよくなっていき、少女はどうしようもないとおもった。どうしようもないと思い、諦めかけたとき、ふと、ある事にきづいた。黒い人影の足元をみる。A君は確か、足が早々に動かなくなったといっていたはずだ。だがその人影はピンピンと動いているし、それにあきらかに成人男性らしき大きさだった。
「あなたはA君じゃない!!A君だったとしても、もうその姿ならどこへでもいけるはずよ、A君!!いるなら助けて、助けて!!!!」
「むだよ……」
母親があきらめかけ、そのせいかよけいに黒い影が力を強めるので、ふっと手紙をいつも財布と同じポケットに忍ばせていることを思い出し、それをくちと片腕でひろげて、母親の前にだした。
「これよ!!よく見て!!A君は、きっと生きてほしいとおもっているはず!!」
そこで母親の目の色がかわった。はっと、何か気づいたような顏になったのだった。
やがて、また後ろから巨大な波がおしよせているのにきづいて、二人とももうだめだ。と思った瞬間、少女は、黒い人影の腹部にしがみつく、片足を引きずる少年を見た気がした。
“ザザー……ザザー”
気付けば波打ち際に、二人。そして上をみるとずぶぬれの父親が彼女たちの襟をもってひきあげているようだった。
「どうして二人して……俺に何かまずい事があったなら、はなせ」
すると、母親はふと右手にもっていた手紙をとりだして、少女にみせた。少女が大事にもっていてさっき母親にみせたものだ。
「渡された気がしたの、あの子、絵が上手でしょ、これが私で……」
「これが私……?」
「そうかもね」
そこには、母親と、少女の絵がかかれていた。実際の少女とは違って絵の少女は黒髪だったが、二人はなぜか笑って抱き合うと、家にもどった。父親は何のことかわからなかったが、海をみて、笑った。
その後、家族はより一層なかよくなった。母親と少女は時折少年の話をする。あの時少女がもっていた手紙に母親が驚いた理由のひとつ、あれが、少年が病気になって最初のころにかいた手紙で、母親が今海にまいているものとは違うこと、もうひとつは、母親はその手紙に書かれていた絵の意味を思い出したのだ。少年は、母親が女の子がほしかったのをしっていて、そしてその頃、神様にお願いしていたのをしっていた。だから時折母親に理由もいわず、女の子の絵をかいたのだった。
それ以来母親は、少女の事を、きっと偶然ではなく奇跡によって縁のできた子だと思うようになり、大事にしたという。
ボトルメール ボウガ @yumieimaru
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