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「私さ、親の言うことを聞き続けて来たんだよね。ずっと、こうしなさいああしなさいって」
「周りのみんなも私に、何でもできて、頼りがいのある天才でいてくれと求めてくるんだよね」
「みんな私を頼ってる、なんなら縋ってくる人すらいる。そして両親は、世間に需要ある蒲池亜希であれと私に言い、レールを敷き続ける」
「私は何もしていない」
「私は答えているだけ」
「私の行動は私以外が決めている」
蒲池亜希は図書室にて俺にそんな言葉を投げつけ続けた。
一見聞いているように見えるが、実際彼女は俺に答えを求めてはいなかった。
ただ吐き出す先が俺であっただけだった。
俺はそれに答えるように本を手に持ち耳だけを傾け続けた。
「私ね、妹がいるの。かわいくて、私と違って両親に良くも悪くも期待されてない妹が」
「両親の会社を継ぐのは私で、そういう意味で妹は期待されてなくてレールも敷かれず自由にやりたいようにやって生きてる」
「そんな妹に時々言い様のない感情を抱く、そして自己嫌悪に陥るの。妹相手になにを考えてるのか。そんなことを考えてなんになるのか。立場や世間的に見れば妹の方こそ私を嫌ってて当然だというのに」
蒲池亜希は、人前においては失敗の二文字なぞ存在しない完璧な人間として存在し続けていた。
誰とでも打ち解け、誰とでも話を弾ませる。
どんなことも挑戦し、どんなことも成し遂げる。
人からの期待に120%で答え続け、両親からはいずれ自分たちの跡を継ぐに足る優秀な人間であると信頼されていた。
しかし、この図書室で俺という他人の前においてはは、自分がないことを嘆き、妹の立場に嫉妬し、皆からの期待が重いと言い、全て趣味に没頭してしまいたいと欲望を漏らす、同年代の蒲池亜希であった。
「先生の新作読んだ?やっぱりいいよね言い回しとか表現の仕方が!けど私としてはホラーよりコミカルなやつの方が好きかな」
「俺としてはホラーの方が好きだな。あの人の表現方法で描かれたホラーの描写は読んでて体温が下がる気がしてな」
「分かる……から苦手なんだよね、あんまりホラーは得意じゃなくて……」
*
「早くも行く大学が決まったんだ。お母さんが通ってた大学でね、凄いところみたいなんだ、心底興味無いけどさ。それに、許嫁まで決まってたんだ?信じられる?このご時世に許嫁だよ?笑っちゃうよね」
「けど私の許嫁について聞かされた時の妹の顔を凄かったな。これでも語彙はある方だと思ってるんだけどぴったり当てはまる言葉が思いつかないや」
蒲池亜希との関係は十二月になっても続いていた。
共通の趣味について話す時と、ただひたすら投げられる言葉に耳を傾ける時とまちまちだったが、大きく変わることは無かった。
けれどある日、変化があった。
普段よりずっと憂鬱そうな表情をしながら、蒲池亜希は俺にあることを聞いてきた。
「かしまくん、さすがに、つかれたんだけどどうすればいいとおもう?」
端的な質問だったが、そこには十七年分の積もった何かが込められていた。
そして何より、蒲池亜希は俺に聞いてもらうだけでなく、答えを求めてきたのだ。
「お前は、生まれてから今の今まで間違えたことが無いんだろう。けどそれは、とても辛いことなんだと思う。適度に間違えて、適度に力を抜いて、楽観的にならないと、生きづらい事この上ないんじゃないか?だからさ、間違えて見たらどうだ?」
「間違える……」
「ああそうだ間違えるんだ、初めてのミスくらいみんな笑って許してくれるさ、多分。少なくとも俺は笑って許してやる。むしろ軽く小馬鹿にしてやるくらいだ」
俺は生まれてから一度も間違えたことの無い完璧な少女の蒲池亜希にそんな後ろ向きな提案をした。
その後、図書室内では会話はすることがなく下校時刻となり家に帰ったが、夜中に蒲池から電話がかかってきた。
「こんばんは。夜遅くにごめんね?その、勇気が出なくてさ、間違える勇気が。できれば、迷惑じゃなきゃ、今日言ってくれたことをもう一度言ってくれないかな?」
その言葉に、この状況に違和感が無かったと言えば嘘になる。ただ、深く聞く理由を見つけることはできなかった。
「その程度なら、お易い御用だ。いいか?間違えるんだ。そして力を抜くんだ。もっと楽観的に、頭を悩ませるだけ無駄だと思考を手放すんだ。」
「うん、ありがとう。間違えるのって怖いけど。きっと大事なんだろうね」
「ああ、多分大事だ、十七年目にして初の間違いな訳だから怖いのかもしれんが、まぁ頑張れよ」
そう言って俺は通話を切った。
次の日、蒲池亜希が自殺したと聞いた。
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