第五十話 メリウス、それがよく思い出せないのよ!

「玲子先生、深呼吸って、コツあるんですか」


「夢月さん、悪い癖ね。

ーー コツばかり覚えるとろくな人にならないわよ」


「うん、でも先生の言う意味が良くわからないから」


「玲子先生、私も零と同じよ」

ルシアが零をフォローしていた。


 ルシアの言葉に、双子姉妹の姉のコットンが紫色の瞳を輝かせている。


「わかったわ。じゃ、もう少しだけ、加えるわね。

ーー 先ず・・・・・・ 」

 玲子は、何から言おうかと考え、言葉を選んでいた。


「そう・・・・・・。

ーー みんなが普段している呼吸が自然呼吸なのよ。

ーー でもね、深呼吸は自発呼吸とも呼ばれているわ」


「自発ですか? 」


「そうよ、夢月さん、

ーー あなたが意識してするのが・・・・・・。

ーー 自発的な呼吸なのね」


「それで、先生、そのやり方なんですが」


「やり方って、自由よ。

ーー みんな自由にしているわ。

ーー ただ、頭が混乱した時にする深呼吸があるわね」


「どうなるのですか」

コットンが尋ねた。


「そうね、気持ちが鎮まるわね」


「それで、どうしますか」


「そうね。あくまでも私の方法よ」


「先生の方法ですね」

ルシアが言った。


「そうよ、じゃあ話すわね。

ーー 日本にはレントゲン撮影というのがあるのよ。

ーー 不思議と、そのあとで気分が良くなることに気付いたわ」


「玲子先生、あれって深呼吸ですね」


「そうなの、夢月さん、深呼吸そのものなの。

ーー 普段の自然呼吸から自発呼吸に変える瞬間なのね」


「それで、先生のやり方は」


「私の場合、鼻から息を苦しくなる寸前まで、ゆっくり吸い込み息を止めるの。

ーー そのあと、口からゆっくり息を吐き出して終わるのよ。

ーー ただ、それで終わりにしないわ。

ーー 必ず、三回、繰り返すのがコツかしら」

と言って、玲子は加えた。


「あとね、大事なのは、息を止める所よ。

ーー 詳しくわからないけどね」


「先生、やっぱりコツがあるじゃない」


 夢月零の言葉にルシアとコットンがクスクスと笑った。

まだ、昼中ひるなかには遠い時間、浦風うらかぜが時より、異世界の訪問者の頬をくすぐっている。




 三十代でふくよかな家政婦の山女京子やまめきょうこがコーラルピンクのスカートスーツに着替えている。

水色に黒猫のエプロン姿でバルコニーのルシアたちに声をかけた。


「あの、みなさん、良かったら、冷たいお飲み物は如何いかがですか」


小金崎隼人こがねざきはやとが山女をねぎらう。

「山女さん、そんなお気遣いしなくても大丈夫ですよ」


「いいえ、気温が上がってきましたので・・・・・・」


「そうだね、香織もどうかな」


「私は、みなさんとお付き合いします」


「じゃあ、分かった、山女さん、悪いけど人数分をワゴンで用意して頂けますか」


「どちらにされますか、小金崎さん」


「このバルコニーの隣でいいよ。風も出て来たので」


「分かりました」


 山女京子はキッチンに向かい、冷えたお茶を準備する。

ワゴンに使い捨てのプラスチックコップとポットを乗せて小金崎たちのいるバルコニーに戻った。


 山女が、慣れた手付きで人数分のお茶をポットからコップに注いだ。


「みなさん、出来ましたので、どうぞ」


 山女は、小金崎たちに勧めながら、ルシアとコットンにお茶を手渡す。


「あら、この容器って透明なのね」

とコットンは言って香りを嗅ぐ。


「ちょっと変わった香りね」

ルシアはそう言って一口を口に含む。


「ルシア姉さん、ちょっと、ハーブティーのような、優しい香りがするわ」


「うん、零でも、なんか独特ね。これ何かしら」

ルシアは山女に言った。


「はい、よもぎ茶でございます」


「よもぎ茶って、あのよもぎ団子のよもぎ」

零が言った。


「夢月さん、よもぎは漢方薬でもあるのよ。

ーー 冷え性にもいいとか言う噂を聞いたことがあるわ」

 玲子の言葉を聞いたルシアが言った。


「山女さん、そのお茶、少しあれば分けてもらえませんか」


「ルシアさま、予備がありますので・・・・・・。

ーー その中から二パックほどでよろしいでしょうか」


「二パック? 」


「はい、一パックに三十杯分のよもぎ茶が粉末で入っております」


「じゃあ、六十回分ね」


「はい、そうですが、一回分で二杯以上、お飲みになれます」


「ルシア、それ、どうするの」


「コットン姉さん、お父様へのお土産」


「ルシア、今回のお忍びがバレるわよ」


「でもね、ここの人たちが持って来たと言えば、手土産じゃないかしら」


 コットンは、珍しく両手を豊満な胸の前で組み、考えあぐねている。

山女京子と比べるとコットンの方がスリムな体型な故に胸が強調されていた。


「コットンさま、この者たちはメリウスが召喚したことにすれば問題ないと思います」


「それじゃあ、メリウスが困るのじゃない」


「私なら、心配無用でございます」

 メリウスは笑みを浮かべてコットンを見た。




 小金崎隼人は、右腕の舶来の腕時計を見て言った。


「メリウスさん、あと二時間ですね」


「いいえ、列車の時刻表じゃありませんから。

ーー みなさんのご都合次第でございます」


 山女京子は、プラスチックコップを乗せたワゴンをキッチンに戻して戻って来る。


「山女さん、その水色の黒猫のエプロン、気に入っているようだね」


「小金崎さん、これは私のトレードマークなの、同じエプロンを十枚くらい持っているわ」


 その会話を聞いていたメリウスが家政婦の山女に言った。


「山女さん、異世界のメイドへのお土産に、エプロンを一枚頂けませんか」


「メリウスさん、一枚でいいのかしら」


「山女さん、一枚あれば、いくらでも複製出来ますから」


「分かりました。では、お持ちします」


 山女はエプロンを取りに行き、戻ると紙袋に入れたエプロンをメリウスに渡した。


「メリウスさん、この紙袋にエプロンを入れてあります」


 メリウスが中を見ると、紙袋の中には水色、灰色、紺色、ピンク色のエプロンが入っていた。


「山女さん、四枚ありますが」


「メリウスさん、その色違いのエプロンがあることを忘れていたのよ」


「山女さんが、困らないのなら頂きますが」


「はい、水色なら、まだ沢山ございますので」


 山女京子は、ルシアを見て言った。


「ルシアさま、この紙袋に、よもぎ茶が入っております」


 山女は紙袋をルシアに渡して、笑顔をメリウスに向けていた。


 メリウスは、ルシアの紙袋とエプロンが入った紙袋を手に、空間からアイテムボックスを取り出した。

その中に紙袋を二つ仕舞い、山女に礼を伝える。


 山女との会話を終えた魔法使いメリウスは、小金崎隼人と南香織を見て言った。


「小金崎さん、南さん、今回は沢山お世話になりました。

ーー もうすぐ、ここを離れる時が来ます。

ーー みなさんは、お着替えはよろしいですか。

ーー 王様と謁見になると思います」


 女子高生姿のメリウスは、そう言って、自分の制服に気付き早乙女のことを思い出した。



 

 玲子の部活仲間の女優早乙女沙織さおとめさおりはメリウスの話を耳にして尋ねた。


「メリウスさん、私、着替えをあまり用意していないのですが」


ルシアが早乙女に言う。


「沙織さんでしたね。

ーー お城には沢山のメイドがいます。

ーー 沙織さんの着替えもあります。

ーー ご心配はなさらないでください」


「そうよ、沙織さん、ルシアの言う通りよ」

コットンだった。


 女たちの会話を盗み聞きしていた金髪のランティス王子と銀髪のティラミス王子が薄笑いを浮かべいた。




 小金崎隼人がシルバーグレーのスーツに着替え、南香織は明るい若草色のワンピースドレスになって戻って来た。


「じゃあ、みなさん、準備よければ、応接室に参りましょう」

 小金崎隼人が大声で言った。


 メリウスは、同行者の私物をアイテムボックスの中に回収した。




 湘南海岸の小金崎の大きな別荘の応接室に一同は移動した。


 応接室の床には灰色のタイルカーペットが敷き詰められていた。

どこかのありふれた事務所のような冷たさを醸し出している。


 窓際には若草色のレースカーテンが昼前の日差しを遮っていた。

窓の横の壁前には、白い大きなグランドピアノが置かれている。


 メリウスは、百人が入る広い応接室の中央に立ち注意事項をみんなに説明した。

夢月零を呼び、魔法時計をアイテムボックスから取り出す。


「零、最初にした時のことを覚えていますか」


「メリウス、それがよく思い出せないのよ」


 玲子は零の言葉に大きな不安を覚えて頭を抱えた。

メリウスは、零の頭を軽く撫で記憶復活の魔法を仕掛け微笑んでいる。

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