第四十九話 ルシア、また来ましょう!

 夢月零ゆめつきれいと双子姉妹のルシアとコットンは、同い年の十六歳だ。

優翔玲子ゆうがれいこ、二十四歳は、彼女たちの教師と言う立場で言葉を選ぶことが多い。

 魔法使いの化身であるメリウスの年齢は不明だ。


 深夜零時を過ぎた頃、嵐は更に激しくなり、高波の打ち寄せる不気味な音が窓から聞こえている。

時より、落雷の黄色い光が窓に映り込んでいた。


「玲子先生、嵐は怖くないけど 雷が大嫌い」


「夢月さんだけじゃないわよ。私も苦手」


「零、私の国の雷とは、違うわ」


「ルシアの言う通りね。

ーー ランティスとティラミスは大丈夫かな」

昔の令嬢コットン時代を知る者には、意外なコットンの言葉に聞こえていただろう。




 小金崎の別荘の二階で、メリウスを含めた女たち五人が深夜の井戸端会議をしていた時、扉がノックされた。

メリウスが扉を開けてみると、金髪と銀髪の双子の王子が立っている。


「ランティスさま、ティラミスさま、深夜の女性のお部屋は、ご遠慮ください」


「メリウスさん、今夜は、少しだけ許可して上げて」


「コットン第一王女、宜しいのですか」


「ええ、いいわ。但し、短い時間だけね」


 メリウスは、コットンが言う短い時間を理解出来ずにいた。




 ランティス王子とティラミス王子は、ルシアとコットンを心配して女性部屋を尋ねたことが会話の中で分かった。


零がランティスを揶揄う。

「ランティス王子、今夜は、ここに泊まる」


零はベッドを叩きながら言った。

「零、お兄さんたちを揶揄うのは危険行為よ」


「ルシア、それは無いでしょう」


「あら、本当のことじゃないかしら」


「そうね、若い男に餌は厳禁ね」


「コットン、ランティスも僕も安全じゃないけど、猛獣じゃないよ」

ティラミスはそう言って笑った。




「ルシア、コットン、嵐の峠が過ぎたようだ。

ーー 僕たちは、自分の部屋に戻るね」


 メリウスがランティスとティラミスを扉まで見送り、扉に鍵を掛けた。


「メリウス、天候回復したら戻るの」


「零さま、今回の次元転移は、テストような体験と考えています」


「じゃ、次のは、どうなるの」


「はい、次もテストです」


「メリウス、分からないわ。

ーー 何でテストなの」


「零さまは、実績を積んでいませんから、目的地が今回のようにズレてしまうことがあります」


「それって、私が下手くそと言うこと」


「はい、人の言葉で、そう言う言い方もございます」


 零は、メリウスを見て口を尖らせて感情を表現した。


「メリウスさん、夢月さんも、そのうち慣れると思いますよ」


「玲子先生、ナイスフォロー」


 零は、右手の親指を立てて笑顔で言った。




 翌朝、風が鎮まり枝葉が路上に散乱している。

湘南の海岸道路は、未明の嵐を忘れたように渋滞が続いていた。


 メリウスたちが滞在している部屋の扉がノックされた。

メリウスが扉を開けると、前日とは違うエプロン姿の山女京子が立っている。


「山女さん、可愛いデザインのエプロンですね」


「私、水色と黒猫が大好きで刺繍してみたの」


「本当、素敵です」


「みなさん、朝食のご用意が出来ましたので、

ーー どうぞ下へお越しください」


「山女さん、お世話になります」

メリウスは、山女に礼を言って、ルシアたちに声を掛けた。


「メリウス、私、朝、苦手なの」


「零さま、その手は通じませんよ」


「分かったわよ。メリウスのケチ」


 零がメリウスに逆ギレしていた。

零は、体力も無いし、朝も苦手な女子高生だった。


「メリウス、私の低血圧、治るかしら」


「零さまは、低血圧では、ございません」


「でも、朝、ダメなのよ」


「それは、お気持ち次第でございます」


 零とメリウスの堂々巡りの会話に呆れた玲子先生が間に入る。


「メリウスさん、夢月さんは放って おいて、下に行きましょう」


「玲子先生、食べないとは言ってないわ」


「夢月さん、下に行かないと食事はないのよ」




 メリウス、零、玲子、ルシア、コットンは、別荘の螺旋階段を降り始めた。


「先生、ちょっと揺れなかった」


「そうね、小さな地震ね。問題ないわ」


 ランティスとティラミスが、階段の上り口の手摺りに背中を預けて立っていた。


「玲子先生、今、床が動いたのですが」


「ランティス王子、日本は地震大国と言われているのよ」


「地震ですか」


「さっきみたいに床や地面が動く現象よ」


「日本って、危ない国ですね」


「そうね、毎年、大勢が犠牲になっているわ。

ーー でも、地震のお陰で日本の建築技術は世界最高よ」


「先生、世界ですか? 」


「この世界の世界のことよ。

ーー ランティス王子やティラミス王子の国がある世界のことじゃないわ」



 山女京子がダイニングルームの前に立っていた。

「みなさん、お食事が出来ております」


 山女は、ルシアたちを考えて和食を避けて洋食を選んでいた。

「山女さん、お気遣いありがとうございます」

ルシアが山女に言った。


「とんでもございません。王女さま。

ーー そんな勿体ないお言葉を、家政婦などに必要ございません」


「山女さん、私は職業で人を区別するのが大嫌いなのよ。

ーー 人がいて私たちの生活が成り立っていると思うの」


「ルシア、あなたの持論に山女さんが困っているじゃない」


「コットン姉さん、またやっちゃったかな」


「ルシア、行くわよ」




 家政婦山女の案内でルシアたちは昨夜と同じ席に着いた。


「メリウスさん、天候回復しましたが」


「監督、今、八時ですから、四時間後にしましょう」


 小金崎は、腕時計を見て言った。

「じゃあ、正午ですね」


「はい、正午に、この建物の一番大きな部屋で、お待ちください」


「メリウスさん、ここの応接室が広いと思います」


「じゃ、そこで、お待ちください」


 メリウスは、同じことを南香織、早乙女沙織、山女京子に伝えた。

ルシア、コットン、ランティス、ティラミスはメリウスの傍で聞き耳を立てていた。

 零と玲子は、緊張した表情を浮かべている。


「ルシア姉さん、今回は短い時間でしたが、楽しめましたか」


「零、大丈夫よ。また来るから」


「そうね、ルシア、また来ましょう」

コットンだった。



 玲子がみんなに提案をする。

「みなさん、一階のバルコニーに出ましょう」


「先生、何かあるんですか」


「嵐のあとは、汚れた空気が吹き飛んで新鮮なのよ。

ーー みんな、新鮮な空気で深呼吸よ」


「深呼吸? 」


「深呼吸をすると細胞の隅々まで酸素が行き渡るのよ」


「流石、玲子先生」


「零、お世辞はまだ早いわ」

 零は舌を出し笑っていた。


 時より、江ノ島から吹く浦風がルシアとコットンの髪を撫でていた。

荒れ狂っていた昨夜の波は穏やかになり、水平線の彼方まで光が溢れている。

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