第四十五話 コットンさま、あれは初島でございます!

「メリウス、このトンネル、前と違うみたいだけど」


「零さま、次元トンネルは、方向によって変わります」


「じゃあ、この方向は、何処ですか」


「零さまは、日本を選んだわけですよね」


「そうよ、日本を選んだわ。だけど、それしか選んでいないわよ」


夢月零ゆめつきれい十六歳は、優翔玲子ゆうがれいこ二十四歳を見て首を傾げた。


「零、じゃあ、東京じゃないのかしら」


「先生、そんな」


 メリウス、零、玲子、ルシア、コットン、ランティス、ティラミスは、数珠繋じゅずつなぎになってトンネルの出口前に辿り着く。


「メリウス、海の香りがするわ」


「零さま、東京の海じゃありませんね」


 七人は、次元トンネルを出て海岸と島を結んでいる遊歩道の地下通路に立っていた。




「玲子先生、地下に出てしまったみたい」


「そうね、零ちゃん、ありがとうね。

ーー この通路、記憶あるわ。

ーー 真ん中にある柱に分岐先が書いてあるわ」


 零は、行く先を見て呟いた。


「先生、江ノ島って書いてあるわ」


「そうね、江ノ島観光ね」


 玲子は、微笑みながら零に皮肉を言ってメリウスを見た。

玲子は、学生時代に何度か江ノ島を訪れていた。

玲子に取って江ノ島は思い出の土地になっている。


「メリウスさま、何か良い方法がありますか」


「今は、とりあえず、観光で良いかと」


 メリウスは、ルシア、コットン、ランティス、ティラミスに日本語の言語スキルを与え、それぞれにお小遣いを渡す。


「メリウス、これ何」

ルシアが尋ねた。


「日本のお金です」


「なるほど・・・・・・」


 地下通路を出た七人は、向かい風の潮風の中にいた。

空は高く澄み切って頭上をとんびが旋回している。

浦風うらかぜさえ無ければ最高の天気日和だった。


 茶色のレンガ歩道が終わる頃、青銅色の大鳥居と駐車場が見えた。


「メリウス、この金属の箱は何ですか」


「ルシアさま、この国では自動車と呼んでいます」


「そうなの・・・・・・」


 コットンが何気なく空を指差していた。


「コットンさま、あれは飛行機でございます」

メリウスが呟くと飛行機の轟音が島の静寂をかき消した。


 ランティスも遠くを指差している。


「あれは」


「ランティスさま、片時雨かたしぐれです」


「玲子先生、片時雨って」


「別名、お天気雨とも子どもたちは呼んでいます」


「なるほど、日本って面白い気候ね」


 七人は大鳥居を抜け、上へ通じる石畳みの坂を進んだ。


「メリウス、これキツくない」

零が不機嫌な表情で口を尖らせた。


「零、このくらいでギブアップなの」


「ルシア姉さん、そんなこと言ったって、キツイものはキツイわ」


「ルシア、零の言う通りよ」

コットンが零を庇う。


 両脇にある商店街が終わる頃、江ノ島神社の参道の前に赤色の大鳥居が見えた。




「零、これは」


「神社の入り口に通じる大鳥居よ」


「神社?」


「コットンさま、お祈りをするエリアでございます」


「メリウスも、お祈りするの」


「私は、魔法使いなので、必要ありません」


 ランティスとティラミスの双子の王子は、江ノ島のエスカーの看板を発見して左側を指差していた。


「エスカーってなんだろう」


「ランティス王子、エスカレーターです」


「玲子先生、エスカレーターって、見たことないので」

ティラミスが玲子に言った。


「メリウスさん、じゃあ、みんなでエスカーに乗りませんか」


 メリウスは、いつの間にかエスカーのチケットを購入していた。


「じゃあ、玲子先生、このチケットをみんなに渡してください」

メリウスは、自分の一枚を抜き六枚を玲子に渡した。


 玲子は、学校遠足の引率先生のように右手を高く上げ言った。


「みなさん、私のあとについて来てください」


 双子の王子は、玲子の対応の変化に驚きを隠せないでいる。


「玲子先生って、学校の引率の先生みたいですね」


「ランティス王子、私は学校の先生なんですけど」


 傍にいたティラミスが小さく笑ったが、ルシアとコットンは他人の振りをしている。




 七人は、トンネルのような上り通路をゆっくりとエスカレーターで進む。


「ティラミス王子、わかった。これがエスカレーターよ」


 エスカレーターを出て神社の境内を移動した。

別のエスカーに乗り換えた七人は、島の頂上にある公園に到着する。

頂上と言っても、海は見えず石畳みが敷き詰められている観光スポットになっていた。


「メリウス、この辺りで休憩しない」


「零さま、じゃあ、これで何か買うと良いです」


 メリウスは零に紙幣を数枚渡した。


「メリウス、ありがとう」


 零は玲子先生と一緒に向かい側にあった売店に寄る。


 ルシア、コットン、ランティス、ティラミスは、小さなベンチに腰掛け、零たちを待った。


零と玲子は、クレープを手に戻り、みんなに渡す。


「玲子先生、ありがとう。

ーー これクレープ?

ーー 日本のクレープも似ているわ」

 ルシアは、上機嫌な表情を浮かべながらクレープを食べた。


「ルシア、クリームが頬に付いているわ」


「コットン姉さんもよ」

双子姉妹は笑い転げていた。


「メリウス、異世界と違ってルシア、コットンの髪の毛の色が変わったような気がするわ」


「零さま、日本と異世界の紫外線の違いじゃないでしょうか」


「そうね、視覚に見える色は光次第よね」

二人の会話を聞いていた玲子が言った。




「メリウスさん、ところで、今はいつでしょうか」

玲子が言った。


 メリウスは、零の魔法時計を覗く。

魔法時計は、零と玲子先生が異世界に行った日と同じ日を示している。


 メリウスは、急に立ち上がり、玲子先生に先導をお願いした。

玲子は喜んでメリウスの提案を引き受け言った。


「メリウスさん、この先に小さなお寺があるわ。

ーー 密教のお寺ですが窓から海が見えるわよ」




 玲子を先頭に七人は石段を降りて、しばらく進んだ。

円盤型の屋根を持つ寺院が左手側に見え玲子を先頭に中に入った。


「すみません。寺院の中を見学してもよろしいでしょうか」

玲子が寺の関係者にガラス越しに告げた。

受け付けの小さなガラス戸が開き、男が笑みを浮かべながら玲子に言った。


「構いませんよ、見学。

ーー 但し、お祈りしてからにしてください」


 お賽銭箱の前にある蝋燭でお線香に火を付け、玲子と零が不動明王の立像に向かって両手を併せて祈る。


 第二王女ルシアと第一王女コットンも、見様見真似で手を合わせていた。

ランティス、ティラミスも続く。

メリウスは、軽く振りだけで済ませた。


「ルシア、海の先に島が見えるわ」

コットンが叫んだ。


「コットンさま、あれは初島でございます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る