第十八話 令嬢ルシアのお心遣い

「お父さまは、ルシアに甘すぎません?」


「ルシアはなーー、お前と違って優しい子なんだ。

ーー双子であるが故に陰口を言われても我慢しているだけの子なのを

ーーお前も知っているだろう」


「お父さま、私だって、

ーールシアが私のために陰口を言われているのを知っているわ」


「そうだな、悪役令嬢はルシアでないのに、

ーーいつの間にか、ルシアがそう呼ばれているのだから、

ーー理不尽で不憫で仕方ない」


「お父さまは、悪役令嬢はコットンの私だって言いたいのですか!」

令嬢コットンの語気が荒々しい。


「そうわ、言っていないが、

ーーその揚げ足取りの癖はなんとかならないのか、コットン」


「分かったわ、もう言わないわよ!」

令嬢コットンは、臍を曲げて別の食堂にティラミス王子と移動した。


 執事のスペードが城主のルーク・ドメーヌに挨拶している。

ルークは青色の縁取りがある白いタキシードを着ていた。


「ルシア、そこのお嬢様方を、

ーー私に紹介してくれないか」


「お父さま、こちらが臨時教師の優翔ゆうが玲子先生です」

玲子はメリウスに教わった通り、黄色いドレスのスカート部分の左右をつまんで左足を引いて挨拶をした。


 ルークは、右手を差し出して玲子に挨拶をした。

「玲子さん、ルシアが面倒を掛けますが、よろしくお願いします」

「いいえ、こちらこそよろしくお願いします」



 零、メリウスも順に挨拶を終えランティス王子たちと一緒にディナールームに入る。


「零、少しは慣れたかな」

「ルシアさんのお陰で楽しんでいます」


「今夜は、私の並びの席に移っていいわよ。

ーー話したいことも沢山あるから・・・・・・」


 ルシアは執事のスペードを呼び、席の移動をお願いした。

給仕が三人の席替えの準備をしている。

 

 ゲスト用の列から関係者専用の席に移動することになった。

ーー零、メリウス、玲子の三人は中央の列のテーブルに移動した。


「ルシアさまのお言葉に甘えさせていただきました」

「玲子先生、気にしないでくださいね」

ルシアは、微笑んで返す。


「零、メリウス、食事が終わったら、

ーー私のお部屋にクローラと一緒に来てください。

ーーもちろん、玲子先生もね」


「ルシアさん、ここで言えないことですか?」

「零、あなたね・・・・・・」


 メリウスが二人の間に入る。


「ルシアさま、零は気遣いが、まだまだ子どもでお赦しくださいませ」

「メリウスの言葉に免じて許すわ」


「零、相手の立場を考えてから言葉に出すものよ」

「分かりました。今後は先生の指導に従います」


零は、そう言って、舌をぺろっと出す。


「本当に、あなたはいけない子ね」


 玲子は零の性格を知っているから全然気にしていない。


「仕方ないので、ございます」

メリウスが珍しく、ため息を吐く。


 給仕がワイン、前菜、メインディッシュ、デザート、コーヒーの順にディナーを運んでいた。

食事は、前夜のような緊張感もなく終わり、クローラがメリウスたちを迎えに来た。


「クローラ、三人を私の部屋に案内してもらえますか」


「分かりました。ルシアお嬢様」


 ルシアは、秘書のセーラ、ランティス王子と一緒にディナールームを出て行く。


「零、玲子先生、メリウス、あとでね」



 メリウスたちも、クローラの案内で迷路の様な廊下を進む。


「先生、ここの廊下、覚えられないわ」

「零、覚えさせない工夫じゃあないかしら」

「なるほど・・・・・・」


 見覚えのある廊下に出て三人は安心する。

入り口にセーラとランティス王子が立っている。

玲子はランティス王子の金髪に見惚れていた。

セーラの緑色の髪と瞳も美しい。


「セーラ、僕は、ここで失礼するから、あとはよろしくお願いします」

「ランティス王子、おやすみなさい」

「セーラもね。そしてみなさんも、おやすみなさい」


 ランティス王子と別れたあと、セーラが大きな扉を開いた。

セーラ、クローラに誘導されて中に入ると部屋の正面に大きな扉が三枚、等間隔で並んでいたことを思い出す。

昨日は左端の扉からルシアが出て来たことを思い出した。


 セーラが、右端の控えの間の扉をノックした。

中から令嬢ルシアが姿を現す。

既に着替え終えて部屋着になっているルシアから僅か香水の匂いがした。


「セーラ、みなさん案内して」

「はい、お嬢様」


 セーラは、中に入ると更に奥の部屋の扉を開けた。

メリウスたち三人はあまりの広さに驚きを隠せない。


「零、ここは『謁見の間』と言ってね。

ーー百人に対応できるようにお父さまが作らせたのよ。

ーー今日は、ここであなたたちと、クローラ、セーラにあげたい物があるの」


「お嬢様、私たちもですか?」

「そうよ、私は人を差別する人が一番嫌いなの、

ーー知っているでしょう」


「はい、存じ上げています」


 セーラとクローラがハンカチを目頭に当てて涙ぐんでいる。

メリウスたちも、もらい泣きしそうなのをこらえていた。


「いやね、湿っぽいの嫌いよ」

ルシアは満面の笑みを浮かべ微笑んだ。


「でね、渡す物は、ここにあるハンカチよ。

ーーお父さまからみなさんへと頼まれたのよ」


「セーラは緑色ね、私は水色、クローラはグレーがいいわね。

ーーメリウスはアイボリー、玲子先生はイエロー、零は淡いピンクでいいでしょう」


 ルシアは髪の色か、ドレスの色に合わせて選んだ。


秘書のセーラはハンカチを手に取り、声を上げた。

「ルシアお嬢様、この家紋は、王家の家紋じゃないですか?

ーー怖れ多くて使えません」


「大丈夫よ、セーラ、メイドも給仕も執事も城の関係者全員にお父さまが渡しているから心配ないわ」

「じゃあ、兵隊長のザードも、馬車のクローバも、調理師もですか?」


「多分、あなたたちが最後さんね」


 令嬢ルシアのお心遣いを五人はしみじみと噛み締めて喜ぶ。

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