一つの到達点
「お前、モネの日傘をさす女を見た事あるか?」
「は?」
現れた響は姫彦以上の魔力を纏っていた。
たった数分の間に何があったのかは分からないが、通常ならばあり得ない事だ。
「俺は3枚とも見た事がある。そのどれも顔が鮮明に描かれてないんだ。1枚目はまだしも3枚目に至っては風景と人が同化してる」
「これは俺の勝手な解釈だけど、どれも最初の奥さんを想って書いてる作品だとしたら、2枚目以降は顔を忘れてしまっていたんじゃないかな」
蒼華も姫彦も口を開かない。
いいや開けない。
そうさせるだけの凄みが今の響にはあった。
「妻カミーユと過ごした日々を覚えていても肝心のカミーユの姿を思い出せない。だから彼女を人としてでなく風景の一部として描いた。思い出せなくとも忘れない様に」
「おしゃべりは終わったか?」
姫彦は戦いを続けようと言わんばかりに拳を構える。
蒼華も姫彦の様子を見て刀を握り構える。
2人とも戦闘の準備をする。
がそうはならない。
今の響にとって蒼華も姫彦も圧倒的弱者で戦うに値しないからだ。
「『今は亡き貴方の為の世界』」
響が唱える様に言う。
瞬間、先程まで居た筈の屋敷は消え失せ、不気味なまでに美しい自然の中へ連れ込まれる。
まるで高名な画家が描いた風景画の様な世界だ。
普通の人間ならば神秘的なものに触れ、感動しているところだろう。
しかし、魔術師である姫彦と蒼華の反応は違った。
様々ある固有魔術の中で最も稀有で最も強い固有魔術。
『世界系固有魔術』
世界系魔術の能力は多岐に渡るが一つ共通している点がある。
《術者の想像を具現化する》という点である。
魔術師とは良くも悪くも魔術の発動に魔力と想像力を必要とする。
だからこそ、想像力が足りず、魔力が足りず、術式を作り出せず、限界を知る。
が、ごく稀にその限界を超える者がいる。
それが世界系魔術を扱う魔術師だ。
その魔術師が作り出した世界は術者に無限の魔力を与え、あらゆる魔術を発動可能にさせる。
無限の魔力は術者の作り出した世界に内包され、外付けの魔力として魔術の使用の際にのみ使用される。
つまり、無限の魔力に術者が適応出来なくとも拒否反応を起こす事がないのだ。
強いて欠点を挙げるなら、無限の魔力を完全に扱いきれない事だろうか。
膨大な魔力を得た事により、緻密な魔力操作が出来なくなり、魔術の効果を個人ではなく範囲で区切る事しか出来なくなる。
また、現実と自身の作り出した世界の境界を引く事が難しく、魔術の持続時間が極端に短い。
だから、世界系魔術師と相対した時はできるだけ時間を稼ぎ世界が崩壊するのを待つのがセオリーだ。
が、今回ばかりは違う。
姫彦、蒼華、響、3人のみが存在する事を許された世界。
一個人を指定して自身の世界に引き摺り込んでいるのだから、確実に指向性を持っている。
また、辺りをどこまで見渡しても屋敷らしきものは見当たらない。
現実とは完全に隔離された世界だ。
「綺麗な世界だから、あまり汚したくない」
響はそう言って姫彦を見る。
向けられたソレは殺意だとか敵意だとかそういうものではない。
まるで草木を見る様な、高次的な視線である。
響は絵を描く様に空を指先でなぞる。
すると何の前触れもなく姫彦の足元に河が現れた。
反応の遅れた姫彦は川のへりを掴み、地にあがろうとする。
が、しかし、
掴んでいた地面は花弁となって散り、姫彦は成すすべなく川に流されていってしまった。
(まずい!この水、体内にある魔力をも共に流していく!このままでは魔力も何も全て取られて死ぬ!)
残った魔力を振り絞り川底を蹴って地上へと這い出る。
(川底が浅くて助かった!今のうちにに態勢を整えねば!)
シャン。
鈴の音か鳴る。
と同時に姫彦は草原に寝転がされていた。
「なっ!?」
立ち上がる暇もなく草の根が姫彦に巻きつき始める。
すぐさま根を断ち切るも草木の成長に勝てる筈もなく十数秒もしないうちに体を覆われてしまった。
その根も先ほどの川同様に魔力と生命力を吸う。
つまるところ、根に拘束された人間の向かう先は死である。
体を覆われて数秒の内は姫彦ももがいていたが、やがてもがく力も失ったのかピクリとも動かなくなった。
次第に姫彦の体の輪郭は消え、ただの地面へと戻る。
そこには美しい一輪の待雪草が咲いていた。
###
姫彦の死と共に響がうつ伏せに倒れる。
どうやら、魔力を使いすぎて気を失っている様だ。
しかし蒼華は死んでしまうのではないかと焦り、凄い勢い駆け寄る。
「響!おい!響!」
「うるせえよ……。ん?どこだ?ここ」
蒼華の声で目を覚ました響が発した言葉は信じられないものだった。
状況が掴めていないだとかそういうことではない。
「まさか覚えてないのか?」
「何を?」
魔力切れを起こすと、ごく稀に記憶や身体に異常をきたす事がある。
が、しかし、今回のこれは魔力切れによる記憶喪失ではない。
世界系魔術師によくある、作り出した世界による精神汚染だろう。
世界系魔術師の最後はいつだって世界との同化だ。自身と世界の境界を見分けられなくなりなってしまう。
「お前私の事は分かるか?」
「双柳蒼華」
「じゃあ、伊勢姫彦は?」
「誰?」
「魔術は分かる?」
「お前が今使ってるやつ」
「夕さんは?」
「誰?」
蒼華は言葉を失う。
流石の蒼華も響を捕まえやすくなったと喜べる様な状況ではない。
短い間ではあったものの響が夕の事を慕っていたのは分かる。
今の彼にとってはどうでもいい事かもしれないけれど、これまでの彼にとって彼女との日々は掛け替えのないものだったはずだ。
蒼華が何か思い出すキッカケはないかとグルグルと頭を回してる内に響は立ち上がり、辺りを見回す。
「この場所、綺麗だな」
響の作り出した世界は未だ存在している。
正確にいうと現実世界と響の世界が融合しているのだ。
その証拠に屋敷に木々が生い茂り、屋敷の敷地内は沢山の花に覆い尽くされている。
先程の響の作り出した世界も神秘的であったが、現実世界と融合した状態もまた美しかった。
「ははははは!」
響は自身の作り出した世界を見て目をキラキラとさせて笑う。
その様子を見て蒼華は無理に思い出させるなんて事はやめた。一つの可能性に賭けてみる事にした。
響ならば、いつの日か彼女の事を思い出すと。
「響。もし大事な誰かの事を思い出せなくなったらどうする?」
「なんだよ急に」
「いいから」
「………自分の中から消えても、何処かに彼女の生きた証があるならソレを探しにいく」
響は屋敷の上から街を一望して言う。
「彼女?俺、彼女って言った?」
「言ったかもね」
風が吹いた。
それはまるで新たな季節の訪れを知らせるかの様に。
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