私もそっち側

蒼華の魔力が急激に上昇する。


通常、魔力とは生まれた時に許容量が決まっており、それ以上増える事はない。

限界まで魔力量を増やそうと鍛え続ける事で50の魔力が100になっても、それを超える事はない。限界値を超える事は出来ないのだ。


しかし、蒼華は自身の固有魔術の発動によって一時的にではあるものの限界値を大幅に上昇させていた。


が、しかし、どれだけ優れた魔術師であろうと急激に増加する魔力に適応する事は出来ない。

増加した魔力に体が追いつかず拒否反応を起こすからである。


そこで蒼華は魔力の増加と共に余剰分の魔力を自身の体の強化へと回していた。

余った魔力程度で増加する魔力に耐えれるほど拒否反応は甘くないのだが、蒼華は持ち前の技術でそれを可能にしていた。


「まともな相手には、これが初めてなんだけど悪くないね」


「化物が……!」


「これで私もそっち側だ」


蒼華は夕との戦闘後に戦う相手としては最悪な相手だ。

増え続ける魔力に上昇する魔力出力。

魔術の効果、範囲共に跳ね上がり防御するにも、通常より多くの魔力を用いらなければならない。


恐らく、その事を分かって魔力量の増加という手札を切ってきた。

目の前の彼女を見れば分かる。彼女にとってソレは数ある手札の内の一枚に過ぎないのだろう。

一つ目が通じなかったら次へ二つ目が通じなかったらまた次へ。

そうやって戦う相手に合わせて戦闘スタイルを変えて確実に殺す戦い方だ。


「やりにくい相手だ」


「嬉しいね。そう言ってもらえて」


蒼華は思い切り踏み込み突きを放つ。

もちろん突きの形は貫手。握られた拳ではない。

その手は鋭利な一本の槍の様に姫彦の左胸を射抜く。


「チッ」


姫彦は、すんでのところで突きを止めており指先が胸板を軽く抉ったところで止まる。

動きを止めたと姫彦はカウンターへ入ろうとするが今の蒼華にそんなものは入らない。


「刻印魔術式『伊邪那岐命イザナミ』」


蒼華の体中に刻印された術式が蒼く光る。


蒼華は姫彦に腕を掴まれているのを気にせず、回し蹴りをする。

腕を掴まれている状態で回し蹴りなど不可能だ。

がしかし、蒼華はした。


(腕を固定された状態で身を回転させるだと!?馬鹿げてる!そんなことしたら腕が…)


腕が千切れる。

そんな事を百も承知である。

現に蒼華の腕は千切られ、姫彦の手の中にある。


けれども蒼華は気にしない。

何故なら、既に腕が再生しているからだ。

千切られた筈の右腕は蒸気を発して再生していく。

数秒も経たぬ内に元の状態に戻っただろう。


「超高度の再生魔術だと!?」


「顕現魔術式『瀬織津姫神セオリツヒメ』」


蒼華の背に五つの水球が浮かび上がる。

水球はそれぞれ不規則な動きをして流動的に形を変えていく。


(あの水は何だ?武器?いや、外付けの魔力庫か?)


水球に魔力が込められていたことから姫彦はそう判断したのだろう。

あながち間違えではない。

けど、


「それだけじゃないよ」


水球は途轍もない速さで姫彦へぶつかる。

姫彦に当たった水球は二つ。

その内一つは右肩に当たり、もう一つは右足へと当たった。


「『蒼葬あお』」


蒼華が短く呟くと、肩と足についた水球がグチュグチュと動き出し刃物の形を形取り、姫彦の体に深く突き刺さった。


「ッッ!成程ッ!」


魔力庫兼武器庫と考えるべきだな。


蒼華は水球に触れて水で出来た刀を引っ張り出す。

対して、姫彦は徒手空拳。

剣に対して素手というのは、心許ないかもしれないが、姫彦程の実力者となると寧ろ剣より拳の方が優れているのである。


姫彦は刻印魔術によって身体を熱して体に付着した水を蒸発させる。

内へ内へと熱を溜め、姫彦の体は蒼華の水球を触れた先から蒸発させる程の熱量を持っていた。

勿論、蒼華の魔力がより強固に練られた刀はその限りではないが、それでも姫彦の熱は蒼華の再生を阻み、水を気化させる事が出来る。


相性、実力を鑑みても、五分の戦いへともつれ込んだ。


まさに一触即発。

蒼華の刀が振られたようとしたその時だった。


屋敷の最上階。

つまりは今、蒼華と姫彦のいる部屋の扉が開いた。

風などではない。間違いなく人の手によって開かれた。


扉の先から冷たい魔力が流れてくる。

その魔力を肌で感じ取り、蒼華は響と出会った日の事を思い出す。


「お前、モネの日傘をさす女を見た事あるか?」


扉の先には見知らぬ日本刀を握った響が立っていた。

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