学園編
盗みはいつでもスマートに。
姫彦との戦いから約半年。
響が一部の記憶を失ってから約半年。
蒼華と響、そして樹は今。
銀行強盗をしていた。
「蒼華!お前!隠業の術式で人の目に映らないようにしたんじゃないのかよ!」
「警備の目は誤魔化せたけど魔術を使ったせいでバレた!」
「馬鹿!」
チリリリリリと警報が鳴り響く。
「ヤバいヤバいヤバい‼︎アイツが来る!」
「話す暇あったら走れ!」
蒼華は札束の詰まった風呂敷を背負って車へと向かって走り出す。
響もまた札束の山を背負っているのだが、片手で背負っているせいでボロボロと札束が溢れ落ちてしまう。
なぜ片手で背負っているのか、理由は明白だ。
右手で樹を抱えているからである。
「あっ、来たよ」
響の進行方向とは真逆、銀行側を見ていた樹が言った。
樹の言葉通り彼女がやって来た。
響達が強盗をしたのは魔術協会の運営する銀行である。
魔術協会の銀行で盗みを行った。
つまりは警察がやってくる。魔術師の警察が。
「またお前らか!双柳!」
ガラの悪い女の魔術師である。
歳の頃は22~23歳だろうか。
伸ばしっぱなしにされた金髪。公務員らしいキッチリとしたネクタイとシャツに如何にもといったスカジャンを纏った犬歯が特徴的な長身の女だ。
「樹。先、車乗ってろ」
そう言って響は樹を地面に下ろして背負っていた風呂敷を渡す。
樹は了解した!と言わんばかりに大きく頷いて、てくてくと走り出した。
「今日という今日は逃さねえぞ、響」
「残業お疲れ様です(笑)」
「お前らが、腐った貴族様御用達の悪徳銀行ばっか狙ってんのは分かってるが、こちとらお国の犬なんでね。捕まえるぜ?」
「やってみろよ。
「下の名前で呼ぶなァ!」
互いに拳と拳をぶつかり合わせる。
どちらも優秀な魔術師であり、その実力は拮抗していた。
戦闘が始まってまだ十数秒しか経っていないのだが、既に2人は数十を超える打撃の応酬を繰り広げている。
刻印魔術による身体強化の練度は高く、並の魔術師が見ていたのならば卒倒していただろう。
しかし、未だ2人は本気ではない。
「刀は使わねえのかァ!?響ィ!」
「素手で充分だ!お前程度ならな!」
「ハッ!そうかよ!」
円香は魔力出力を上げる。
刻印魔術は単純に出来ている。発動までに幾つもの術式を用いる顕現魔術とは違い、術式一つで扱う事ができ、魔力を流せば流すほど魔術の強さは増す。
理論上、魔力出力が無限大であれば刻印魔術の強さに際限はない。
そして、円香は魔術警察一の魔力出力を誇っていた。
皆まで言わなくとも分かるだろう。
(おッッッッもい!!!!なんつー力だ!!)
出力を上げた円香の踵落とし。
それを両の腕で受けた響は想像を遥かに超える蹴りの威力に悶えていた。
響の足が地面にめり込んでいるのを見れば円香の力がどれ程のものか分かるだろう。
クソッ!思ってた5倍は強かった!
このレベルならギリ耐えられるけど、円香の様子を見るに今の出力は出してて5割ってとこか?もう一段階ギア上げられたら詰む!
円香の猛攻をギリギリのところで受け流し続けながら響は現状を的確に分析していく。
「悪いが、もう一段階上げるぜ」
円香の出力が更に上がる。
ギアを上げた円香の姿を捉える事は今の響にとって不可能であった。
響は必死に円香の姿を追う。
しかし、目に入る円香、その全てが残像だ。
響が気づいた時には、凄まじい魔力を纏った手刀が目の前で振り落とされようとしていた。
(これはヤバい!)
まず間違いなく致命傷を負うレベルの魔力密度。
指先に擦れるだけで終わる!
一つ前の攻撃を捌ききれなかったせいで体勢も崩れてしまった。
避ける事も受け流す事も出来ない。
「チッ、今回はここまでか」
円香は響の言葉が自身の負けを悟ったが故の台詞だと考えた。
現に円香の手刀が振り落とされ、響の身を切り裂く筈だった。
が、現実は異なる。
目の前にいた筈の響は消え、つい数瞬前まで響がいた場所には円香によって真っ二つにされた札束が一束だけ落ちていた。
「これは……、響、いや
円香は走り出した車を見ながら煙草を吸う。
無論、走り出した車とは蒼華の運転する車のことだ。
蒼華の運転するスーパーカーの最高出力は600馬力。
円香が本気で追えば、追いつくことは難しくないが、そこまでして追う気力は彼女になかった。
「次は何処で会えるのやら」
響達は円香の吐いた煙の様に夜闇に紛れて消えていった。
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「響!お前!前より出力も量も下がってんだから、あんな戦い方するな!」
「イケると思ったんだよ!あの手刀も受けてみれば意外と耐えれたかもしんないしな!」
「強がんな!クソガキ!」
夜中の誰もいない街を駆け抜けるスーパーカーに乗る少年少女は札束に埋もれながら言い合いを続ける。
「りんご美味しい…」
この状況で樹は一人、りんごの美味しさに気づいていた。
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