さながら名探偵だ

「標的の特徴とかないの?どんな奴?」


蒼華と響の契約が成立して約1週間。

毎日朝8時に孤児院の最寄駅前で2人は集まっていた。

2人とは言うまでもなく蒼華と響である。


蒼華と協力して黒の烙印を押された魔術師を捕まえる契約。

その契約を果たす為に集まったという訳だ。


「どんな奴って言われても情報ないしなぁ」


「ないのに探せとか言ってんの⁇魔術協会とやらが情報くれたりはしないの?」


「魔術協会様がくれた情報は都内に居る子供を殺し回ってる男って事だけ」


「んなので、どう見つけろと…」


半ば諦め気味の響を蒼華は馬鹿を見る目を向ける。

しかし、それと同時に蒼華は思い出した。

目の前のこの少年は魔術に関してはド素人だという事を。

確かに実力だけ切り取ってみれば一流と言っても相違ないが、その他魔術師として見ると、やはり年相応というのが正しいだろう。


やれやれ、何も知らない無知無知なガキンチョに魔術について教えてやりますか!


「響。何も都内にいる人間一人一人虱潰しに探す訳じゃない。刻印魔術は使えるだろ?目の強化を重点的にやってみな」


刻印魔術。

それは魔術師にとっては初歩中の初歩。

スポーツでいうドリブルの様なものと考えていい。

魔術を扱う上で最も基本的で重要なものだ。

どれだけ才能のない者でも努力すれば順当に強くなれる道があるのが刻印魔術である。


刻印魔術の能力は多岐に渡るが、基本的に身体を強化する魔術と思ってもらってよいだろう。

術式を体に巡らせ魔力を流す。そうする事で身体能力を何倍にも増幅させる。


魔術の"ま"の字も知らない響ではあるが刻印魔術は得意なものであった。


蒼華が言った「目の強化」

身体能力を上げる魔術なのだから勿論視覚の力を上げる事だってできる。


端的に言うと視力が上がる。

けれどそれだけではない。


“視る”という力を魔力を用いて強化することによって本来ならば見えないものまで見えてきてしまうのだ。


「何人か変なオーラ纏った奴いるんだけどアレ何?」


「そのオーラは魔力。魔力を纏ってる奴は魔術師だ」


「にゃるほど、つまりはを使って目的の男を見つける訳ね」


「正解」


「魔術って便利だな〜」

そう呑気に話す響を見て蒼華はある事を思い出した。

魔術協会の張り紙には響が使用した魔術の中に五感強化も入っていた。

それはつまり過去に刻印魔術によって今行っている事もしたはずだ。

でなければ、銀等級魔術師を殺すなんて事は出来ない。


過去に使ったはずの魔術をあたかも初めて使ったかのように言う。

嘘をついた?騙そうとしてる?

可愛らしい少年の姿だが中身は殺人鬼だ。油断しちゃいけない。


その事を再度思い出し気を引き締める。

隣を見ると五感強化をした状態で辺りをキョロキョロと見回す響がいた。

その姿は新しいことに夢中になっている子供にしか見えなかった。


蒼華はある考えにたどり着いた。

まさか───────


「蒼華!見つけた。多分目的の奴だ」


「は?」


あまりにも速い発見に思考が遅れる。

響の視線の先を見ると一人の男が立っていた。

髪をオールバックにした和装の男だ。右の手には太陰大極図が刻まれている。

見た目からして年齢は30後半と言ったところだろう。


基本的に魔術師というのは年を重ねるごとに強くなる。

魔術師にとって経験と知識は重要な要素だからだ。

つまり圧倒的な才能でもない限り若い魔術師が老年の一流魔術師に勝るのは難しい。

魔術師の中には歳をとらなかったり、定期的に若返るものもいる。

そのため最上位の実力を持つ者に追いつく事は難しい。


だからこそ蒼華には響の見つけた男が異常に見えた。

鍛え上げられた蒼華の五感は見た相手の肉体、精神などあらゆる情報をキャッチ出来る。


男は間違いなく30代だ。肉体精神共に見ても若返った痕跡がない。

にも関わらず私の知る魔術師の頂に近しい力を持っている。

何故、今の今まで気づかなかったのだろうか。

記憶を掘り起こすと私たちが駅に来た時には既に居た。

私はただの一度も刻印魔術を解いていない。

視界の端にさえ映れば気づいたはずだ。いや視界に映らなくともあれ程の力を持つ相手なら気づけたはず。


「響。お前なんでアイツが目的の奴だって気づいたんだ」


私がそう聞くと響は指で口角を上げて言った。


「小児殺人鬼は顔に出るんだよ」


そう聞いてすぐ様、男のいる方向に向き直る。

すると私にも分かった。


確かに顔に出ている。不気味な笑みだ。

先程までは二枚目の良い男にしか見えなかったが響の言う事を聞いてから見ると全くの別人かの様に見えた。


男が舌舐めずりをした。

少し前までなら色気を感じたのかもしれない。けれど今は違う。

獲物を前にした捕食者。

そうとしか見えない。

その男の一つ一つの仕草が私に不快感を覚えさせる。


まさか魔術に頼らず行き交う人を観察し続けた響が目標を一瞬にして見つけるとは。


「はは、さながら名探偵だ」




###





「あの男は彼処あそこで何をやってるんだ?流石の私も1時間も人間観察なんて飽きてきた」


標的を見つけてから約1時間。

響と蒼華は怪しまれない様、男の姿が見える位置にあるカフェに入って監視していた。

何かをする素振りがあったり、魔術を使う気配があれば奇襲をかけるつもりであったが、それすらない。

ただただ街行く人々を眺めて突っ立ってるだけである。


しかし、これから何のアクションもないとも限らない。だからこそ辛抱強く見ていなければならないのだ。


「意外だな。標的を見つけたら時も場所も関係なく襲いかかるタイプだと思ってた。俺の時はだったし」


響は蒼華の金で買った5杯目のカフェオレを飲みながら言った。


「失礼だな。私は目的の為なら我慢強く耐え忍ぶ事が出来るレディだ。響こそ脳死凸するとばかり思ってたよ。馬鹿っぽいし」


「あ?喧嘩売ってる?」


「今の程度で喧嘩売ってるなんて思っちゃうとかガキだなぁ!」


「上等じゃボケ!やったるわ!」


蒼華、響共に魔術は使用しない。

本気の喧嘩じゃなく、ただのじゃれ合いだからだ。はたから見ると2人とも年相応の姿だった。

魔術無しの組み合いでは男女の差異はあれど年上で身長の高い蒼華の方が有利だった。

同年代と比べたら大きくとも、15歳にして身長170cmを超えている蒼華に響はなすすべなく組み敷かれた。


「遊びの力じゃないってこれ!スリーパーホールドになってるから!」


「お前私の金でカフェオレばかばか飲みやがってよぉ。ここのは高えんだよ。一杯1000円だぞ」


「優秀な魔術師は金稼げるんだろ!?金ならいくらでもあるでしょ!」


「私はいつでも金欠だ」


「知らねえよ!」


響は蒼華の腕から抜け出そうと身を捩る。

するとガラス張りの窓が真正面に見えた。

窓とは勿論、男を見張るために使っていた窓だ。


男との距離は500m。

魔術を使えば見ることは容易いがいくら視力が高くとも、こちらの姿を捉えるのは難しいだろう。


けれども確かに響は男と目が合った。


確かにあの男は此方こちらを見ていた!

魔術は使っていない。魔力も消した。

大衆の中に紛れる俺たちを見つけられる訳ない。


そんな響の心情を知ってか知らずか男はニヤリと笑った。


「ちょっ!一回離して!」


「私の偉大さを知ったか?」


「知った!知った!」


そう言うと蒼華は腕をぱっと離した。

響は軽く咳き込み、強く締め過ぎだと蒼華にチョップを喰らわす。

それくらいは許されるだろう。


さて、男の監視に戻─────




いない!?



響が視線を戻すと男は姿を消していた。

先程までいたその周辺を探しても居ない。

一瞬にして消えた。それこそ煙の様に。


現場に行ってみれば何か手がかりがあるかもしれない。


脳裏でニヤリと笑う男に一抹の不安を覚えながら響はカフェを出た。


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