大人の女と少女の駆け引き

蒼華の発言は響にとって見過ごせない、というか聞き逃せないものであった。


「2年位前に殺しまくっただろ」


確かにそう言った。


別に隠していたつもりはない。

だからと言って、それを人に言いふらしたりはしていない。

”殺し”をしていた時に、目撃者はいなかったし、いた場合も殺してきた。


にも関わらず、目の前の少女はソレを知っている。


緊急事態だ。


せっかく血生臭い世界と決別できたのに、また、あの世界に連れ戻されてしまうかもしれない。


(殺す)


そう心に思った響の小さな殺意を感じ取った蒼華は、内心ほくそ笑む。

向かってきてくれた方が実力差を分からせ従わせるのに簡単だからである。


響は体に魔力を込めて刻印魔術を張り巡らせる。

腕と足に術式が刻まれ、タトューの様な紋様が黒く浮き出る。


魔術の発動を見逃すはずがなく、蒼華自身も刻印魔術を発動し、悠然と構える。


この時、蒼華は油断していた。


『殺人鬼と言っても所詮子供だろう』

『魔術師と言っても所詮子供だろう』


そんなことを考えてしまっていた。

その思考が蒼華の動きを鈍らせた。


初撃、響は鎌を思い切り投げた。

当然、蒼華は頭を逸らして鎌を躱わす。


二撃、響は腕を伸ばし殴りかかる。

響の拳から逃れる為に蒼華は一歩後退する。


三撃、体を回して蒼華へと蹴りを入れる。

それにより蒼華は多少蹴り飛ばされたものの腕で響の蹴りを防いでおり直接的なダメージはなかった。


四撃、響は戻ってきた鎌を蒼華の頭のすぐ横でキャッチする。


「チェックメイト」


響がそう言った次の瞬間。


「何してんの?草むしり終わってないじゃん」


孤児院の中から女が出てきた。

彼女に声をかけられた瞬間、響は動きを止める。

鎌は蒼華の首のすぐ横で止まったものの、刃が首に軽く触れ、血が流れていた。

今頃、詰んでいた事実に気づいた蒼華は冷や汗を垂らす。


この鎌は最初に投げた鎌か!

最初の投擲は当てようとしていたのではなく、回転をかけて戻ってくる様にしていた。

そのほかの攻撃は全て鎌をキャッチ出来る位置に合わせる為の陽動。


蒼華は子供ながらなんて戦い慣れしてるんだと心底驚愕する。


「そこの子は友達?」


女が言う。

首に鎌をかけられてる状態を見て、友達と考える女が偉く気味悪いものに見えてくる。


「これから夜ご飯なんだけど、よかったら食べてかない?」


あろうことか、その女は夕飯の誘いをしてきた。


「私は緒方夕。君は?」


後にも先にも蒼華が得体が知れないと感じたのはこの女に対してだけだっただろう。




###





「要するに、魔術ってのは想像力に由来する、人なら誰しもが持っている素養で、それが自在に扱えるようになった人のことを魔術師って言う。世界規模で見れば、全人口の十分の一。割合で言ったら、この孤児院にあと三人はいても、おかしくないってことになる。だから、響の力は珍しいことでもない」


蒼華は、響の作った料理を口いっぱいに頬張りながら魔術について語る。


響にとって、蒼華の来訪は自身の力について知るいい機会だったが、一緒に飯を囲んでいる状況は面白くなかった。


今でこそ蒼華は鳴りを潜めているが、やってきた当初は響以外の子供たちを認識すらしていなかった。精々、自分の近くに蝿が飛んでいる程度の認識だったはずだ。


もし、子供たちが響と蒼華の会話に割り込んできていたら、なんの迷いもなく殺されていただろう。


その事を理解していたから、響は蒼華への警戒を緩めていなかった。


「純粋に疑問なんだけど、魔術師として響と蒼華ちゃん、どっちが強いの?」


夕が聞く。

響と蒼華、どちらかひとりに聞いた訳じゃない。

彼女自身が言った通り、純粋に疑問だったのだろう。


「「俺/私の方が強い!」」


同時に答えた。

響は魔術師としての実力が蒼華に劣っていると考えているにも関わらず、そう答えたのは彼の性格と経験からだろう。

魔術の扱いでは一歩劣るものの殺すという事だけに拘れば勝利することも難しくないと。


また蒼華は優劣関係なく、こういった質問に対して、必ずと言っていいほど自身の方が優れていると答える。


なぜなら、魔術師は舐められてはいけないからである。


魔術とは想像力に由来する。

つまり思考が魔術を使う上で大きな鍵となる。


相手に劣っていると考えるのは、その時点で遅れを取ることになる。

実力が拮抗している場合、戦う前から負けると思っていると十中八九負ける。


だから、魔術師たちは自身の才を卑下しない。

相手を敬うことはあるが、自身の力を無闇矢鱈に下げない。

魔術師のプライドが高い所以である。


蒼華は先ほどから「魔術師は珍しくない」だとか「響を襲った魔術師は強くない」など、響の中に”自身はそれほど強くない”という思考を植え付けようと画策しているのだが、上手くいかない。


それもこれも、正面の位置に座してニコニコと笑っている女。

緒方夕のせいだろう。


表面上、のほほんとしているが底知れない女だ。

魔術という未知なるものに対して、響という駒を失わぬ様に動いている。


先程の質問も、魔術の説明と蒼華自身の言動から魔術師の戦いの何たるかを理解したのだろう。


だから、どっちの方が優れているかなんて言葉を解き放ち、実力で劣る響をサポートしたのだ。

実際、先の戦闘と質問のせいで蒼華は自身の勝利を疑ってしまった。万が一にも負ける可能性を考えてしまった。


末恐ろしい女である。


神算鬼謀の緒方夕に、彼女の矛となる響。


蒼華は今になって、孤児院に立ち入ったことを後悔した。

いや、響に接触するのは間違いじゃなかった。

問題なのは今この場で共に食事をしている事であった。


緒方夕、彼女と話すべきではなかった。


彼女と話したせいで、勝率100%の戦いが99%まで下げられてしまった。


ただの1%じゃない。


完全からの不完全だ。


ここからは、些細なことで勝率が変わる。


そんな事を考えながらも蒼華はあまりに美味しすぎる料理を黙々と食べ続けた。

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