這い寄る傑物
連れられた場所は孤児院と言うには余りに大きく、余りにも綺麗だった。
元々、観光業を活性化させるために作られたものだったが計画が頓挫した。
そのまま放置されていた城といっても差し支えない、その建物を当時学生だった夕が買い取ったとの事だ。
ほぼ廃墟だったとはいえ、都心の大豪邸など相当な値がするはずだ。
それを学生の身分で買えてしまう夕は何者なのだろうか。
豪邸に2人きりというのは案外寂しいもので、夕と響は、およそ半年が経った頃、孤児院の基盤ができた事で本格的に活動を始めた。
どういう訳か、年月が経つにつれ孤児の量は増え、国の施設もパンクしかけていた。
そこで、夕と響は施設へ入れなかった子供達を引き取った。
引き取った子供の数は40人。
その内、5歳以下が10人。
10歳以下が30人。
10歳以上の児童はおらず、夕の孤児院は孤児院というより、幼稚園に近かった。
孤児院の生活は楽しかった。
それまで大人に囲まれ、血生臭い世界を生きてきた響にとって、自分より歳下の手のかかる子供というのは新鮮だったからだ。
確かに苦しく大変ではあったものの、むしろ、それがよかった。
充実した生活を送れていたのだ。
しかし、過去からは逃げられない。
響が夕に拾われてから一年の時が過ぎた、ある夏の日。
庭の草刈りをしていると見慣れない女が現れた。
女というよりかは少女と言った方が正しいだろう。
見た目の頃は13〜5歳くらいだろう。
暗青色の長髪を後ろでまとめ上げ、夏にも関わらず厚手のパーカーを着ている。
下はショートパンツではあるものの、心底暑いといった様子だった。
少女がこちらへ向かってくる。
孤児院に用があるのではなく、庭へと来る。
その目は確かに響を捉えていた。
もう、一年も前のことだが殺しを
ふざけたナリをしているが、直感で分かる。
自分よりも強い。
今も、この孤児院には子供達がいる。
やって来た謎の少女は格上。
つまりは、少女の気まぐれで響達の人生が左右されるのだ。
響の手には草刈り用の鎌しかない。
使い慣れた刀ではない。
その上、相手は相当な手練れ。
状況は最悪である。
そうやって響が思考に渦にいる間に少女は既に目の前へとやってきた。
「2年位前、殺しまくっただろ」
少女は友達に話しかける様にフランクな口調で響に話す。
「誰だよ、お前」
敵意と殺意を込めて睨みながら聞く。
すると、少女は頭をポリポリと書きながら面倒くさそうに言った。
「私は双柳蒼華。黒になったお前の飼い主になる魔術師だ」
###
双柳蒼華
魔術師に、その少女について聞くと全員が全員、口を揃えて言うだろう。
”化物”
一流の魔術師に贈られる二つ名。
一般的には、その者の使う魔術に由来したり為した偉業に由来するが、双柳蒼華の二つ名は違った。
『化物』
その名がついた理由は単純だった。
得意とする魔術はない。
魔術が不得手というわけではない。
ほぼ全ての魔術が優秀と呼ばれる魔術師のものより、格段に優れていただけだ。
為した偉業?
そんなのは数えていたらキリがない。
経歴と実力。
そこだけを切り取って見たら、稀代の天才だった。
しかし、彼女は悪行も多かったのだ。
魔術協会の爆破。上位の魔術師への強襲。魔術師を利用した人体実験。一般人への魔術情報の流出。人権軽視。etc
数多の悪行は魔術界で犯罪を犯した魔術師、黒の魔術師になってもおかしくないものばかりだったが、彼女は有り余る功績によって例外措置となっていた。
例外など魔術の歴史上、あり得ない。
魔術歴上、唯一の例外。
蒼華が化物と呼ばれる由縁であった。
そんな彼女が、ある日魔術協会のロビーへとやってきた。
ロビーにいた魔術師達は突然の来訪に驚いたが、すぐにその理由を察した。
今日は、烙印日なのだ。
『烙印日』
不定期で犯罪を犯した魔術師の名を張り出し、"黒"の烙印を押すことで魔術世界における人権を剥奪する日の事である。
一年に2〜3人ほどのみで、烙印を押された魔術師は、どの様に扱っても良いものとされている。
つまりは、魔術を使える人間を思うがままに調べることが出来るのだ。
研究職という側面が強い魔術師にとって、それは千載一遇のチャンスであり、毎度のことながら魔術師達は黒の魔術師を手に入れようと躍起になる。
時間になった。
協会の職員が掲示板に大きな紙を貼る。
魔術師名『響』
性別/男
性自認/男
年齢14歳
使用が確認された魔術
刻印魔術/身体強化、五感強化、治癒促進
顕現魔術/結界魔術、生成魔術
罪状
戦闘系魔術師6名殺害
(銀等級第三位1名、銅等級第一位2名、同じく第二位3名)
一般人、72名殺害
(死亡者35名、生死不明・行方不明者37名)
所属組織を壊滅後、消息不明。
近年、稀に見る大悪人である。
そんな奴が、まだ14歳だというのだから面白い。
10代は魔力、魔術、共に成長途中である為、伸び代を多く残している事になる。
そんな才能の塊を見逃す筈がなく、張り出された情報を見るや否や、ロビーにいた魔術師達は一目散に駆け出した。
「響、ね」
他のものは、あまり注目していなかったが蒼華は響の経歴を穴が開くほど見ていた。
『所属組織を壊滅後、消息不明』
この部分だけ、切り取ってみれば死んでいてもおかしくないが、協会が大々的に発表したという事は生きているんだろう。
いつもの蒼華なら、少ない情報から真実に辿り着くのだが、問題があった。
(子供の、しかも、殺人鬼の思考が読めない)
蒼華自身も15歳で、子供と言っても差し支えないのだが、彼女にそれを言うのはタブーである。
どんな奴か分かれば、何処にいるかも分かると踏んでいた蒼華だったが、どれだけ思考しても、これといった結論が出てこない。
(前回は捕まえられなかったから、今度こそは捕まえたい)
その思いが思考を邪魔していると感じた蒼華は糖分補給とばかりにロビーに置いてある菓子を食い漁る。
………!
「あっ、そういえば、ウチの近くにクソデカい孤児院あったな」
そうだ。2年くらい前、家の近くに孤児院が出来ていた。
廃墟だと思っていた建物は、いつの間にか活気溢れる孤児院となったのだ。
組織がなくなり、というか、組織をその手で失くして1人になった14のガキが、孤児院に居ても、なんらおかしくない。
どうせ
「取り敢えず行ってみよう」
蒼華はクッキーをポケットに詰めて協会を出て行った。
###
結論から言うと、当たりも当たり、大当たりであった。
蒼華自身、期待せずに例の孤児院へ向かったが、近づくにつれて感じた。
魔力が溢れている。
冷たい魔力だ。
猛暑の中だったからか、その
殺す為だけに練られた魔力。
数多くの魔術師と会ってきた蒼華でさえ、そんな魔力は見た事がなかった。
前にも言ったが、研究職に近い魔術師にとって、戦闘とは二次的なものであり、極めるべきものではない。
もちろん、素材採集の為に戦ったりもする。
また、戦闘を生業とする魔術師もいる。
しかし、それは殺しを目的としたものではない。
どちらかと言うとスポーツに近いのだ。
現代における剣道やフェンシングの様に、人を殺すためのものではなく、競い合い、技を磨き上げる事を目的としている。
だが、響の魔力は違った。
彼の魔力は人を殺す事を念頭に置いた魔力だった。
その事実に心躍らせながら蒼華は孤児院へと向かった。
あいも変わらず、クソデカい孤児院の入り口へと着く。
確かに建物を囲む塀に『緒方孤児院』と書いてあり、子供達が遊んでいるから、真実なのだろうが、
周りをキョロキョロと見回すと、他の子供達より大きな少年が目に入る。
見た目的に13〜15歳。
間違いない、あのガキだ。
庭で草を刈っているガキ。
あのガキから魔力を感じる。
「無断で悪いけど、入らせてもらうよ」
蒼華は言葉だけ、申し訳なさそうにして孤児院の敷地内へと侵入する。
すると、何かが体を通り抜けた感覚が訪れる。
少年がこちらに気づく。
その状況から蒼華は察する。
今の変な感覚は少年によって張られた結界か何かを通り過ぎた事で感じたのだろう。
その証拠に、魔力と気配を完全に消しているのに"
少年はこちらをじっと見つめて動かない。
蒼華が近づいていくにつれ、敵意を強める。
敵意と殺意を剥き出してている響の手に鎌がある事に気づいているが、蒼華は気にせず話しかける。
「2年位前、殺しまくっただろ」
蒼華は友達に話しかける様にフランクな口調で響に話す。
「誰だよ、お前」
蒼華の問いかけに対して、響は敵意と殺意を込めて聞いた。
最近は私の名前を知らない奴がいなかったから、名乗ってこなかったけど、魔術師になった初めの頃は名乗りあげまくってたな、と蒼華は昔を思い出す。
しかし、今となっては自己紹介など面倒くさいだけである。
が、名乗らねばならない。
蒼華は心底、面倒くさそうに言う。
「私は双柳蒼華。お前の飼い主になる魔術師だ」
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