最期

響がミカを探しに出てから、およそ30分後。


孤児院は、いつにも増して静かだった。

それもそのはず、孤児院を支えてきた響とタが喧嘩をしてしまったからである。


ミカが生きていると信じて探しに行った響。

状況から察してミカは死んだと断じた夕。


どちらかが間違っているわけでもない。


死んだと分かっていても、人として生きてると信じたい気持ちがある響と他の子供達の近くにいる為に決断した夕。


余談だが、響の精神性は魔術師らしくない。


どちらかというと、夕の方が魔術師らしい思考をしていた。


現状を把握し、あくまで第三者的視点で物事を判断する。

どれだけ感情が渦巻こうとも頭は冷静で論理的にものを考える。


そういった点で、夕は魔術師でないのに、そこらの魔術師より魔術師らしかった。


なんとも、まあ、面白いことだろう。


力を持つ響には、"らしさ"がなく、力を持たないタにこそ、”らしさ"があった。


それを2人は知る由もないのだが。


ピンポーン。


音がした。


院のチャイムの音だ。


扉の前に設置され、来客がいる事を知らせるモノである。


「あっ!響にいちゃんが帰ってきたあ!」


響に懐いていた数人の子供が扉へと駆けていく。


夕自身も響が帰ってきたのだと疑わなかった。


何故?


なぜ、チャイムが鳴っただけで響だと確信したのか。


子供達が扉へ行くまでの十数秒の間に思考する。


『この孤児院も狙われるかもしれないから、結界を張っておくよ』

『犯人は、魔力の多い子供を狙っている』『ミカがいなくなったんだ!この中で戦えるのは俺だけだから、探しに行かないと』


頭の中に蒼華と響の声が響く。


『悪意を持った魔術師は結界の内へ入れない』


真実に辿り着いた夕は子供を止めようとする。


「開けちゃダメ!!」


しかし、もう遅い。


扉は開かれ、和装の男がはいってくる。


「ありがとう少年」


子供の頭に触れ、礼を述べる。


「そして、さようなら」


パン!


男の手が微かに光り、子供の頭が破裂する。

実にあっけないものである。


今、目の前で一つの命が消えた。


しかし、男は、その行為が当たり前かの様に行うものだから目の前で起きている事を認識するのに時間がかかった。


数秒遅れて悲鳴を上げる子供達。


走って逃げる。


次の瞬間、


夕達は殺された少年の事を忘れた。


また、次の瞬間には少年が殺された事を忘れてしまった。


記憶の中から少年の事と少年が殺された事が失われ、ただ理由もなく逃げ出した。


それこそが、現れた和装の魔術師の力。


固有魔術『忘却』

その能力は自身の手で触れたものを他者の記憶から消す。

人、物、魔術などの全てが固有魔術の対象である。

そして、他者の記憶から消えたそれらは、固有魔術を解かない限り、思い出される事はなく、およそ10分で完全に消滅する。






###




平静を失い、逃げ惑う子供達と共にいても、夕は冷静だった。


自身の置かれた状況を的確に把握し、この先を予見する。


半年前、蒼華ちゃんが来たことで魔術について知った。

響の持つ不思議な力も魔術だった。

数は、そこまで多くはないが、確かに存在する魔術師。


私自身、魔術師は響と蒼華ちゃんしか知らないけど、あの男が3人目なんだろう。

出来ることなら、知りたくはなかったが。


子供達を孤児院の外へと逃す。

そうやって、院長としての正しい行動を取ってはみるものの、夕は自身の死を確信していた。


響と蒼華ちゃんは、恐らく帰ってこない。

2人の不在を狙ったかの様に現れた、あの男がそんなミスを犯すはずない。


魔術なんてものを扱う馬鹿げた奴に、包丁等で戦っても意味がないだろう。


どうせ、殺される。


なら、何か爪痕を残すまで。


後の事は響がやる。


復讐するのか、しないのか、適当に埋葬して終わりかもしれない。

およそ2年しか一緒にいなかったのだ。

2年は長いが、相手の事を全て理解するのは幾ら時間をかけたって難しい。

ましてや、自分が殺された後に何をするかなど見当もつかない。


もし、響が戦う事を選んだ時、手助けをしてあげたい。

彼が、この先、1人きりで戦う事にならぬ様、共に在りたい。



響と共に蒼華の魔術講座を聞いていた夕は聞いた限りではあるものの、魔術を熟知していた。

蒼華の魔術を見て、響が学ぶ姿を見て、彼女は持ち前の頭脳で未知なる魔術ものを理解していた。


考える。今、自分に出来ることは何か。


殺される事を前提として何か役に立つ事。

魔術師にとって1番知られたくないもの。

逆転の目になる情報。


夕は瞬時に一つの結論を思いついた。


固有魔術である。

蒼華が話していた、それぞれの魔術師のオリジナル。

戦闘において、とても重要な切り札。


魔術の大元、刻印魔術と顕現魔術は、それぞれ魔術師の身体に由来する。

つまり、漫画や映画でよく見る、呪文を唱えると人が死んだり、建物が直ったりするのは、この世界の魔術上ありえない。


もし、そんな事が出来るなら、それがそいつの固有魔術という事になる。


その能力を暴いてやろうじゃないか。


だがしかし、あの男が無力な夕達に固有魔術を使えるとは思えない。


が、使わない理由もない。


固有魔術の能力は多岐にわたる。

もしかしたら、常に使い続けているかもしれないし、最初の時点で使ったかもしれない。


「そういえば、なぜ、私は逃げているんだ?」


そうだ。何故逃げている?

何か起きたか?

男が訪ねてきただけじゃないか。

おかしなことは何もない。


なのに、何故か逃げている。


何かが起きた。


あの男が何かをした事で命の危険を感じたのだ。


院長失格だが、魔術師の男に追われる子供を横目に孤児院の入り口へと戻る。


この場で何かが起きた!


何かあるはずだ。


夕は常日頃から見慣れた、その場所を穴があく程見つめて手がかりを探す。


鍵は私が逃げた理由だ。

そこに、能力へと繋がるヒントがあるはずだ。


爪を噛み、頭を掻いて、考える。


すると、気づく。


壁と扉に血がついている。


思考にのめり込んでたせいで気づかなかったが、床に血溜まりが出来ていた。

少し視線をずらすと、そこに死体があった。

子供の死体だ。

死体の頭部は失われ、顔は分からない。


この場に首なし死体がある事が関係ないはずがない。


状況からみて、この子供が殺されたから私たちは逃げていたのだろう。


何らかの魔術によって、この子供に関する記憶を消された、もしくは無かった事にされた!


これが本当にあの男の固有魔術か分からないが、伝えておいて損はないだろう。



後は伝える手段と魔術の効果範囲。


効果範囲に関しては、今じゃ確かめようがない。


今、考えるべきは伝える手段。


私は殺される。

魔術の発動条件が分からないが、響の記憶から私が消えた場合、私と響にしか分からない伝え方をしても意味がない。


なら、すぐさま目に入るような伝え方をするべきなのだが、それでは、あの魔術師に気づかれる。


何か!何かいい案はないのか!


時間がないッ!


もうそろそろ、あの魔術師が戻ってくる!


タイムリミットが差し迫っている。


その時、殺されたであろう少年の首なし死体が消えた。

ふわふわと煙の様になってくうへと消えた。


これだ!


どうして消えた?

時間か?


あの魔術師の来訪が9時7分。

今が9時20分。

約13分。


先程まで庭の外にあった死体が消えているあたり、時間で消えるなら、およそ5〜15分くらいが消滅までにかかる時間なのだろう。


消えた理由など正確には分からない。


しかし、これで、あの魔術師に気づかれずに情報を伝える手段は確保出来た。


夕は響に勉強を教える時に使っていた単語帳を手に取り、魔術師の再訪に備えた。






###






「お前は逃げなくていいのか?」


少年の死体が消えてから3分もしないうちに魔術師は帰ってきた。

その間、夕はリビングのソファに座って寛いでいた。


『いついかなる時も自分のペースで』


彼女なりの緊張をほぐす方法である。


「生憎、私は自分の生き死に興味がないの」


「そうか」


魔術師は、ゆっくりと夕へ近づいていく。


夕は動かない。


魔術師と夕の距離は約3メートル。


一般人にとっては割と長い距離だが、魔術師からしたら、ひと踏みで詰めれる距離だ。


何となく、嫌な予感がしていた。

魔術師は、目の前の女を非魔術師ながら油断できない相手だと感じていたのだ。

ならば、ただちに殺すべきだ。


魔術師は足に力を込め、踏み込む。


動き出しのタイミングが掴めない夕は、完全に勘で攻撃を躱して、オルゴールをぶつける。


男は迫ってくるオルゴールを手で弾き、夕へ掌底を叩き込む。


対する、夕は掌底を喰らうのと同時に後ろへ飛び、威力をやわらげた。

これまでの人生で感じたことのない痛みを抱えながら立ち上がって走る。


走りながら腕に書いてある字を読む。


・私が投げたものは響に貰ったオルゴール。

・忘れたか?

・忘れたなら、いつ忘れた?


私が投げたものは響に貰ったものらしい。

我ながら随分と雑な扱い方をしたものだ。

しかし、仕方ないだろう。

確かに覚えていて大事だった"物"は、あれくらいしかなかったのだから。


それを忘れた。

つまりは、あの魔術師の効果対象に物も含まれるという事だ。

そして、忘れたのは奴の手に触れた瞬間。


まとめると、

・何らかの魔術によって他人の記憶から人や物を消す事が出来る。

・手に触れると発動する。

・忘れられたものは、およそ5〜15分で消滅する。


夕は単語帳を取り出して千切ちぎる。

千切られた幾つかの紙を丸めて、カプセルへと入れる。


そして、飲み込んだ。


(通れ!通れ!通れ!通れ!)


えづきながらも、カプセルを喉の奥へと押し込む。

ガチャカプセルほどではないにしても、大きい。


どうにかカプセルを押し込み、響と通話を繋げる。


電話で直接口で伝える事も出来たかも知れないが、私の記憶を失うのか、私に関する記憶を失うのか分からないのに、口で伝えても話した事自体を忘れてしまう可能性がある。

それに、そんな事を、あの魔術師は見逃さないだろう。

だから、保険をかけておく必要があった。


一息つく間もなく、魔術師が現れる。


「己の生き死にに興味がなかった割に、よく逃げるな」


「その通りだけど、大事な奴がいるんでね。抗わせてもらったよ」


「貴様如きが抗って何になる」


魔術師の質問に夕は答える。


「私に出来ない事は、あいつがやってくれるし、あいつに出来ない事は私がやるんだ」


「戯言か」


大した広さもない密室。

刻印魔術師の領域テリトリーである。


夕の命は長くない。


彼女自身も感じている事である。


しかし、やらなければならない事があった。

蒼華はポケットから響に貰ったオルゴールを取り出す。

同じ製品ではあるが、同じものではない。


今、重要なのは響から貰ったものであるという点だ。


近づいてきた魔術師に最後の力を振り絞ってオルゴールを投げつける。

今度は弾く事なく、キャッチされた。


「この程度の攻撃、オレには効かんぞ」


「攻撃じゃねえよ。検証だ」


夕は笑う。


「お前の魔術、2


魔術師は目を見開き、焦りからか一瞬にして距離を詰め、夕の首を絞める。


「図星か。案外、小物だな」


「何が言いたい?」


「私の男の方が、もっと強えって言ってんだよ」


パン!


魔術師が来訪した時と同じだった。

最初の少年同様、実に呆気なく死んだ。


けれど、意思は継がれた。


彼女の生きた証は響の胸に確かに宿っている。

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