推しと心中物語

水まんじゅう

推しと心中物語

私は推しが好き。たまらなく好き。顔が好き。目がきゅるきゅるで、でもきりっとしていて、鼻が高くて、唇はぷるぷるなのが好き。ほっぺなんて、もちもちしていそうなあの感じが好き。性格が好き。普段はおちゃらけた感じで周りを笑わせたり困らせたりするくせに、いざというときには何でもかっこよくこなして、まるで世界のヒーローみたいになるのが好き。普段から優しさ全開なのも好き。体型が好き。すらっとしていて足が長いのに、不健康な細さじゃなくて、愛おしいほどに丁度よく細いのが好き。手の甲に筋みたいのが出てくるのが好き。なんで好きかってのは言語化できないけど、どこが好きかってのは言語化できる。そこが好きだから好きなのか?いや、好きだからそこが好きなんだ。じゃあ、なんで好きなの?…そこにいたから?

語った。これが愛というものだ。これが、私の愛。たった300字で語られた愛。軽いだろうか。300字と聞くと、私は極端に少ないと思う。0が1つ2つ足りないんじゃないんですかって問いたくなる。字数ではそんなもんかもしれないけど、重さでは負けない。彼のためなら死んでやれる。誇張表現じゃない。死んだら、そりゃ推しに会えなくなる。ああ辛い、辛くて死んでしまう。でも、推しの子供に生まれ変われる可能性はないかな。推しが近くにいる、そんな関係のある家族の元に生まれ変われる可能性はないかな。その可能性が0じゃないなら、今死ぬ価値だって十分ある。ああ、死ぬのも悪くない。…推しが二次元の人間でも?人間じゃなくて人外が推しでも?可能性はきっとある。きっとあるよ。死んで試してやろうか?

は、と友人は鼻で笑った。どうやら私の話が面白くなかったらしい。いや、別の言い方をするなら、面白かったらしい。友人は、何かを推している所謂オタクの人間ではない。それでも私の話をこうして聞いてくれる。私はそちらに立てば、いい加減にしろと、時間の無駄だと、興味はないと一蹴して去っていくだろう。だからこそこの友人がすごくいい人なのはわかっていた。そんな友人の時間を奪っていいのか?いいわけないだろ。私は、私は本当にいけない子だ。同じ人を推している所謂同担を探して話せばいいものを、わざわざこうやって何も知らない人にぶつけるなんて。

「推しと心中できたら、それこそ人生最大の幸せだし世界一重い愛だよね。言葉なんか、想いなんかゴミ同然」

友人の嘲笑じみた言葉に、私はひどく納得した。どれくらいかって、疲れ切ったときの眠りの深さくらい。気づけば朝になっている、あの憂鬱さは抜きで。いや、そんなものよりもっと深く納得していた気がする。マリアナ海溝?いや比べ物にならない。だから……親からの愛情の深さ?部活の先生があえて厳しい指導する理由?…まあ、そんな感じ。

それから私の夢は『推しと心中』になった。…できるわけないじゃん、だってさ、私の推しはこの世に実在しない二次元の人間だから。…まだ。可能性はある、きっとある。こんな常人のなり損ないが許されていることなんて、正しく生きることじゃなくて正しく死ぬことくらいだ。せめて、死ぬときくらいはいい子でいたい。

ある日、昼寝してて、その夢で見た。推しが私の前にいてさ。にこって笑ったんだ。すごく可愛らしい笑顔でさ。もちろん夢ってことくらいわかったから、それでも嬉しかったけど、どこか寂しかった。目が覚めたら、君には直接会えないんだよって。でも夢ならできることがある。そう、何でもできる。だから私言ったんだ。心中しましょって。推しは笑っているだけで、でも川にも池にも海にも行こうとしなかった。代わりなのか、私の頭をなでてくれた。嬉しかった。推しが、私に触れてる。この言葉にできない、言葉にしたら消えてしまいそうな感情を噛み締めながら、すうと意識が遠のくのを感じていた。

私の頭をなでていたのは、私の友人だった。私は、推しと心中する夢を捨てた。

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