第21話 灼熱の地Ⅲ

 夜の睡眠を少し削っているせいか、起床時間が大分遅れている。

 目を覚まして時計を見てみれば、針は九時を差していた。

 拙い。今日はミユが過去の記憶を見るために、火の塔に行く日なのに。

 慌ててベッドから飛び起き、クローゼットを開ける。何着か掛けられている同じデザインの白い服を一着取り出し、ささっと着替えを終わらせた。

 朝食を取っている時間は無い。廊下に出ると、一直線にミユの部屋へと向かった。その扉の前には既に二人の姿がある。


「アレク、フレア、ごめん。遅くなった」


「いや、大丈夫だ。まだミユも寝てるみてーだしな」


「良かった」


 ほっと胸を撫で下ろし、吐息を吐く。

 その時、フレアが目を擦ったのが気になった。


「二人はちゃんと休めてる?」


「オレらの事は考えなくて良い。オマエはミユの心配だけしてろ」


「あたしのせいだね。ちょっと目が痒くなっただけだから、心配要らないよ」


「そっか」


 フレアがふふっと笑うので、俺もつられて小さく笑ってしまった。


「ミユの事、起こした方が良い? 起こすならあたしが行ってくるけど」


「いや、寝かせとこ―ぜ。寝られるときに眠っといた方が良いだろ」


「分かった」


 この後、またミユは頭痛に襲われるのだろうか。

 いや、そうに決まっている。俺が塔を回った時も激しい頭痛に襲われたのだから。

 この場の空気の緊張感が増していく。

 こういう時に、きっと影なら姿を現すのだろう。自己顕示欲が強いのは周知の事実だ。

 ところが、何も起こらなかったのだ。扉の先を見詰めたまま、ただ時間のみが過ぎ去っていく。


「いや、やっぱ起こすか?」


 アレクが口にした時には、十数分経っていたように思う。張り詰めた緊張感の中で、ミユの今後の事を考えたり、自分の気持ちを整理しようとしていたため、正確な時間は分からない。俺のミユへの気持ちは未だに解読出来ないままだ。


「アレクったら、はっきりしないんだから」


「済まねぇ」


「クラウはどう思う?」


「えっ? 俺?」


 物思いに耽っていたせいか、思考転換が上手くいかない。

 考えあぐねていると、フレアは「もう!」と声を上げた。


「あたし、行ってくるからね。良い?」


 眉を吊り上げるフレアに、アレクと二人で頷いてみせる。

 その時、扉の向こう側から何やら小さな音が聞こえてきた。ミユが起きたのだろう。


「ミユ? 入るよ?」


「ま、待って!」


 フレアがノックと共に声を掛けると、ミユのくぐもった声が返ってきた。


「丁度良いタイミングだったね」


 小さく笑い合い、三人で横に並んだ。ミユがいつ出てきても良いように、受け入れる態勢は整っている。

 数分も経たずに扉は開かれた。ミユはそろりと廊下へと出てきた。その表情は明るいとは言えない。


「準備出来た?」


「うん、大丈夫」


 やはりミユの顔に笑みは無く、それどころか強張ってさえいる。下ろされた両手は握り拳を作っている。

 もう記憶を見たくないのか、頭痛が嫌なのか。その両方かもしれない。

 反射的に身体が行動を起こしていた。

 ミユの左手に触れ、そっと微笑んでみる。


「無理しなくても良いんだよ」


 出来る事なら、もう苦しんで欲しくない。苦しんでいる所を見たくない。

 それなのに、ミユは首を横に振る。


「私、やるって決めた事を曲げたくないの」


「そっか……」


 意志の強さはカノン譲りらしい。

 ミユから手を離し、触れていた右手を軽く握る。


「フレア、頼む」


「分かった」


 今日はフレアが魔方陣を作る番だ。

 フレアは廊下の奥へ数歩進むと此方に背を向け、魔方陣を描き始める。


「ミユ」


「ん~? 何?」


 ミユが返事をしても、アレクは何も答えようとはしない。数秒間、嫌な沈黙が流れた。


「……いや、なんでもねぇ」


 記憶と魔法との関係を伝えようとしたのだろうか。一旦はミユに目を向けたアレクだったが、考えを口に事は無かった。

 そうこうしているうちに、フレアが魔方陣を完成させたようだ。彼女の動きが止まったのだ。


「ミユ、行くんだ」


「えっ? う、うん……」


 強くはないが、アレクはミユの背中を右手で押す。

 そんなに急かさなくても良いのに。反発したくなる自分をどうにか抑えた。アレクがこうするのには訳がある。その一端は俺である。

 ミユは魔方陣の縁を踏むと、赤色の光と共に一瞬にして姿を消した。


「オレらもすぐ行くぞ」


 フレアも何か言いたそうな顔をしていたが、口にはしなかった。今、口論をしても仕方が無い事を知っているのだ。

 アレク、続いて俺が火の塔に移動した。その瞬間、熱波が身体を包み込む。

 目の前の赤い煉瓦造りの塔以外は、大地は黄色い砂で覆われている。砂漠で生息するサボテンも数えるほどしか生えていない。

 俺が耐えられる外気温を超えている。


「さっさと行くぞ」


 アレクの声もきちんと聞かずに、堪らず塔へと駆け出した。あそこなら日陰がある。涼む事が出来る。砂に足元を掬われながら、必死に足を動かす。

 ミユを置いて来てしまった事に気付いたのは、塔の中に入ってきてからの事だった。慌てて入口から顔を出すと、此方に駆けてくるミユ、その後ろにはアレクとフレアの姿があった。地平線は蜃気楼で揺れている。


「大丈夫?」


 同じく暑さに弱いのだろう。腕で額の汗を拭うミユに、右手を差し出した。

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【改訂版】輪廻転生って信じる? しかも異世界で ~blue side story~【第一部 ヒーロー視点】 ナナミヤ @nanamiya5

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