第20話 灼熱の地Ⅱ

 気まずくなったに決まっている。俺への気持ちが無い事は分かっているが、やはりショックだ。

 ミユとアレクの会話を聞き流し、一人、席に着いた。

 このまま落ち込んでいても仕方が無い。元より自分自身の気持ちが分からないのに。

 ミユも腰を落ち着けるのを待ち、口を開いた。


「あのさ、火の塔に行くのは予定通り三日後?」


「あ? あぁ、そのつもりだ」


「そっか」


 ミユの体調を考えて、遅らせた方が良いのではないか。いや、影からの接触があった後では遅い。

 やむを得ないか。


「どうかしたのか?」


「ううん、なんでもない」


 アレクに向かって、表情も変えずに首を横に振ってみせる。

 ミユの身の安全が第一だ。判断を間違ってはいけない。


「お待たせ」


 突如としてフレアの声が聞こえ、はっと振り向いた。

 彼女は朗らかに微笑み、首を少し傾ける。両手にはオレンジ色の液体が注がれたグラスが二つあった。


「クラウもオレンジジュースで良い?」


「うん、ありがとう」


 一つは俺の分らしい。気を利かせてくれたのだろう。

 グラスを俺たちの前にそろっと置くと、フレアは自分の席に戻る。


「何の話してたの?」


「いや、三日後に火の塔に行くぞって話くらいだ」


「そう……」


 フレアは窓の外へ目を向けて呆ける。


「今は、外はコスモスでも咲いてるのかな」


「えっ?」


「ほら、ダイヤは秋だから」


 ミユの声にもぼんやり返しているように聞こえた。


「エメラルドは? 秋じゃないの?」


 そうか。ミユはこの世界の人間ではないから、此処の常識が通用しないのだ。


「エメラルドは春の大陸だから。あたしの故郷のガーネットは夏だし」


「トパーズは秋だな」


「サファイアは冬」


「ほえ~……」


 一応、それぞれの大陸に四季はあるが、ダイヤのように気候や気温が変わる事は無い。その変化は穏やかだ。気温の変化と言っても、最高気温を比べても夏と冬で十度の差があるかどうかである。


「気候も違うし、咲いてる花も違うし」


「っていうか、サファイアは花は基本咲かないよ。寒すぎるから」


「オレはコスモスとか、ダリアとか、サルビアとか咲いてるとこなら見たことあるな」


「アレクって意外と花の名前知ってるんだね」


 フレアが小さく笑うと、アレクは照れ隠しのように頭を掻く。


「オレだって花の名前くらい分かるぞ」


「そう」


 フレアは満足げに笑う。

 アレクもやれやれといった表情をする。満更でもないらしい。

 俺も思わず笑うと、視界の右上部に白い何かが現れたのだ。

 じっくり見るまでもなく、この花弁の形はコスモスだ。

 まさか、ミユの魔法――


「えっ?」


 ミユが声を上げる。

 どうやら彼女にも自覚は無いらしい。

 ミユが両手を差し出すと、コスモスはくるりくるりと回転しながら其処に収まった。


「何でコスモスが?」


 ミユは不思議そうに小首を傾げる。

 数秒間を置き、焦るアレクと目が合った。


「オマエだろ? コスモス摘んできたの」


「お、俺? いや……うん、そう」


 思わずアレクの無茶振りも肯定してしまった。

 考えるまでもなく、魔法の力を取り戻しつつある事をミユに悟られてはならない。話が違うと言われれば、俺たちの立つ瀬がない。

 不審そうに俺、アレク、フレアと見比べるミユに、苦笑いを返すしかなかった。


―――――――――


 今日は幸せな一日だった。

 日頃の感謝の証に、カノンにラナンキュラスのイヤリングを渡せたのだ。

 明日もダイヤで会議という名目の親睦会が行われる。

 さて、次はどうやってカノンにアプローチしようか。

 頭の中で唸り声を上げながら、瞼の裏の暗がりを見る。


「おい」


 この声はヴィクト――いや、アレクだ。

 重い瞼をこじ開け、左側を顧みる。


「交代の時間だぞ」


「……ん? もうそんな時間?」


「あぁ」


 そうだ、今は真夜中で、俺はミユの部屋の見張りをしていたのだった。

 此方に歩み寄る、明りに照らされたアレクの姿を確認し、一気に目が覚めていった。

 この切迫した時期に、肝心な所で居眠りしてしまうなんて、どうかしている。頭を振り、自分の髪をくしゃりと握り潰した。


「オマエ、ちゃんと休めてるのか?」


「うーん……。休めてるって言ったら、嘘になる」


 身体は休めていても、気持ちが休まる事は無い。

 アレクは大袈裟に溜め息を吐くと、俺の隣に立ち、目を細める。


「まぁ、素直なのは良いけどよー。このままじゃ、この先身が持たねーぞ?」


「分かってる」


 視線を落とし、細い息を吐いた。

 言われなくとも分かっている。ミユが魔法を使えるようになれば、影は今まで以上のアクションを起こすだろう。殺気がそのまま攻撃となって襲い来るかもしれない。


「オレとフレアが見張ってる間くらいは、何も考えるな。オレらが代わりに考えといてやるからよー」


「うん」


 素直に厚意に甘えよう。

 ゆっくりと足を動かし、アレクの前を通り過ぎる。


「ありがとう」


「あぁ」


 振り返った時に見たアレクは腕を組んで遠くを見遣り、蝋燭の灯が反射する瞳は力強さを感じさせた。

 本当にミユの事を、この先の事を考えてくれているのだろう。

 俺の冴えない頭で、いくら考えを巡らせたとしても、先の見通しが立つとも思えない。

 重たい身体を引き摺り、何とか部屋へ辿り着くと、そのままベッドへと直行した。


―――――――――

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