第16話 始まりの疾風Ⅱ

 そんなことをしている間に、直ぐにミユの部屋の前へ到着してしまった。三人揃って足を止めると、フレアはドアをノックする。


「ミユ? 起きてる?」


 返事は無い。

 まだ寝ているのだろうか。

 少し心配になりながらも、部屋に入るのは躊躇われた。何より、此方を見るフレア目が「入るな」と言っているようなのだ。


「ミユ?」


 やはり返事は無い。


「二人は此処で待ってて」


 頷くしかなく、フレアが一人で部屋に入っていくのを見守った。


「ミユ、そろそろ行かないと」


 恐る恐る部屋の中を覗いてみると、ベッドには眠っているミユの姿があった。此方に背を向け、すやすやと寝息を立てている。

 無事で良かった。

 小さな不安は徐々に消えていき、ほっと胸を撫で下ろす。


「ミユ! ミユってば!」


 フレアの声色が強まっても、起きた気配は無い。


「ミユ!」


 何度か呼ぶと、ようやくミユの寝息が消えた。


「そろそろ行くよ。着替えて」


「えっ? うん」


「着替えたら廊下に出てね。あたしたち、そこに居るから」


「うん」


 そのやり取りをぼんやり眺めていると、左腕を強く引っ張られた。


「何するのさ!」


 思わず声を上げると、アレクは顔を顰める。


「静かにしろ。ミユに覗いてんのバレるぞ」


 はっと気付き、慌ててドアの方を顧みた。ドアが閉まる音と共に、フレアが眉を顰め、溜め息を吐いている所だった。


「ごめん……」


 申し訳なくなってしまい、謝ってみる。居心地が悪い。

 俯いている所に、アレクがひそひそと口を開いた。


「ま、気持ち切り替えよーぜ。これからミユが過去を見るんだ。気ぃ引き締めないとな」


「そうだね」


 フレア返事をするのと同時に頷いていた。

 そうだ、俺がしっかりしなければ。

 拳を握り締めると、部屋のドアが勢い良く開けられた。ミユが来たのだ。

 心臓がとくりと跳ねる。

 ミユは俺たちの顔を見ると、思い切り頭を下げる。


「遅刻しちゃってごめんなさい」


「ううん、気にしないで。あたしも遅刻する事だって結構あるし」


 フレアはにこっと笑い、俺とアレクを見る。

 遅刻とは言うが、俺にはピンとこない。


「そもそもさ、集合時間なんて決めてたっけ?」


「いや、決めてねーな」


「じゃあ、遅刻とか無いじゃん」


 ミユに微笑みかけると、彼女はもう一度頭を下げた。

 フレアはアレクに目をやり、口を開く。


「もう会議室に行く必要も無いし、ここでミユの為の魔方陣作っちゃったら?」


「あぁ、そーだな」


 アレクは頷くと、前方へ右手を翳す。身長と変わらない長さの、木製の杖を出したのだ。どういう訳か、先端を床に向けると、勝手に魔方陣が描かれていく仕組みになっている。アレクも躊躇うことなく、魔方陣を作り始めた。


「これ、何の魔方陣?」


 ミユはその光景を不思議そうに眺めている。


「風の塔に繋がる魔方陣だよ」


「ワープは使えないの?」


 俺が答えると、ミユは此方を見てちょこんと首を傾げる。それが小動物のようで、とてつもなく可愛らしい。


「俺たち、一回でも行った事がある場所じゃないとワープ出来ないんだ」


「えっ? でも、私――」


「出来たぞ」


 ミユが何かを言いかけたところで、アレクの声に遮られてしまった。

 先を聞きたかったが、アレクの方が言葉を紡ぐのが早かった。


「ミユ、魔方陣の中に立つんだ」


 優しい声で、何とか促そうとしている。

 しかし、ミユはスカートを両手で握り締め、気持ちを隠そうとはしない。


「怖い……」


「大丈夫、あたしたちも付いてるから」


 フレアがミユの背中を一撫ですると、その強張っていた顔は若干緩んだように見える。


「絶対に付いて来てね」


「うん、安心して?」


 フレアに同調するように、俺とアレクも笑顔を作ってみせる。

 ミユは小さく頷くと、ゆっくりと一歩ずつ、足を前へと運んでいく。魔方陣の端に触れた瞬間、黄色い光が魔方陣から溢る。あまりの眩しさに、腕で庇を作って顔を背けた。

 ミユは風の塔に行き着いたのだろう。

 光が収まると、慌てて俺たちも風の塔へと向かった。

 これで風の塔を見るのは二度目――ミユと同じく、過去を思い出す為に足を踏み入れて以来だ。

 天にまで届きそうな程に高い、黄色い石造りの塔だ。若干乾いた風が周囲を荒らし、砂埃を発生させる。剝き出しの黄色い岩が転がり、足場は悪い。

 振り返ると、ミユが不安いっぱいな表情で俺たちを見ていた。


「ミユには此処に居るヤツと会ってもらう。ソイツが過去を知ってる筈だ」


「それは誰?」


「オレらには分からねぇ」


 声は聞こえるものの、姿を現さないのだ。ただ、「行ってこい」と言われるがまま、声の主と話をしたところ、過去を見せられ、魔法を使えるようになっていた。

 的を得ない回答に、ミユは眉を顰める。その様子に、アレクはガハハと大きく笑う。


「心配すんな! 誰もソイツに危害を加えられたヤツは居ねぇからな」


 ミユは明らかにがくりと肩を落とす。


「オレらも付いてくからよー、心配すんな」


「行こう」


 此処で話をしていても、何も進まない。

 声をかけると、塔を目指して一斉に歩き出した。

 俺のエゴの為に、魔法を得る事になるのを、どうか許してほしい。ミユ、ごめん――

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