第5章 始まりの疾風

第15話 始まりの疾風Ⅰ

 いつの間にか眠っていたらしい。

 あんな事があったのに眠れるとは。眠れない日々が続いたから、仕方が無いのかもしれないが。

 大きく溜め息を吐き、もう一度瞼を閉じる。

 そう言えば、今は何時だろう。

 薄目を開け、時計を確認してみる。

 七時半、か。もう一眠り出来るだろうか。

 そう考えていた間もあまり無く、廊下から足音が聞こえ始めた。それは段々と近付いてくる。


「起きてるか?」


 ノックも無く、ドアノブの音が響く。


「もう少し寝かせて」


「やっぱ眠れなかったのか?」


「ううん、今日は眠れた」


「じゃー、少し付き合え」


 嫌々視線を声の方へと向けると、アレクがにっと笑ってこちらを見下ろしていた。

 ミユが関係しているのなら、俺だけ寝ている事なんて出来ない。

 むくりと身体を起こすとアレクを追い出し、ナイトウェアを脱ぎ捨てた。

 着替え終わって部屋のドアを開けると、腕を組んで待ち構えていたアレクの姿があった。


「フレアも待ってんだ。行くぞ」


「ミユは?」


「まだ寝てんじゃねーか? フレアが見に行った時には寝てたらしいぞ」


 どうやら、まだミユには会えないらしい。

 肩を落としたものの、数時間後には大変な目に遭うのだ。今は眠らせてあげた方が良い。

 廊下を歩きながら頭を掻くと、アレクが小さな咳払いをした。


「んで、オマエに相談なんだけどよー」


「何?」


「フレアに何か起きたら、オレはミユよりもフレア優先するからな。それだけ断っとこうと思ってよー」


 そんな事は言われなくても分かっている。

 神妙な表情をしたアレクに頷くと、その緊張感は緩んでいった。


「済まねーな」


「ううん、それは当たり前だから」


 そんな事を話しているうちに、会議室へと到着していた。

 扉を開けると、愁いを帯びた表情でフレアは窓の外を眺めていたようだ。はっとを此方に顔を向けると、微笑んでみせる。


「おはよう」


「おはよう。早速だけどさ、話あるんでしょ?」


「そんなに焦んな。まだ時間はあるだろーし」


 話があるなら早く終わらせて、ミユの所に行きたいのに。なかなか自分が思う通りには、事は運ばないらしい。

 フレアは手持無沙汰じゃ寂しいだろうと気を遣ってくれ、紅茶を今この場に居る人数分用意してくれた。

 この甘い香りは、ガーネットの南の地域のものだろう。フルーティーな味が口いっぱいに広がる。

 それに反して、気ばかりが急いてしまう。

 両手を握り締め、事の行方を見守る。


「あたしはまだ反対だよ」


「過去を見る事か?」


「そうだよ。今からでも遅くないから、ホントの事を言おう?」


「ソレでミユが止めちまったらどーするんだよ」


 フレアは無言のまま、アレクを睨み付ける。

 これでは昨日の繰り返しだ。


「俺は……過去を見て欲しい」


 見兼ねて、本心を呟いてみる。


「何れは見なきゃいけない過去なら、今でも良いと思う。先延ばしにして、危険に身を晒すくらいなら、辛い思いをしでても自分の身を守れる方が良い」


「それは……そうだけど……」


 返す言葉を無くしたのか、フレアは俯いてしまった。

 しかし、納得はしていないようで、険しい表情をしている。


「今のところ、反対はフレアだけだ。何か意見はあるか?」


「あたしは……」


 フレアは小さく首を横に振った。


「ミユが過去を思い出すのが怖いのかもしれない。あたし、カノンに勘違いされてたから、ミユにも憎まれるんじゃないかって、やっぱり何処かで考えちゃって……」


 言い終わると、ぎゅっと口を結ぶ。

 アレクはフレアの頭を何度か撫で、優しく微笑む。


「ミユがオマエを憎んだとしても、オレとコイツはオマエを信じる。けど、それじゃーオマエも辛ぇよな」


「うん……」


「辛くなったら、全部オレにぶつけろ。泣きたい時には泣くんだ。何時か誤解は解ける筈だ」


 遂にフレアは一粒の涙を溢した。何度か頷くと、そのまま俯く。

 何とも言えない――悲しいとも違う、哀れみとも違う、複雑な空気を纏った時間は刻々と、確実に過ぎていった。

 朝食も摂る気にもなれず、ミユの到着を待つ。ところが、とんでもない事実に気付いたのだ。


「ミユ、この会議室の場所、分からないかもしれない」


「あ?」


「過去を思い出してもいないし、昨日、道順を覚えてないかもしれないし」


「ワープは出来んだろ?」


 ワープが出来たとしても、ワープの存在を忘れてしまっては意味が無い。

 首を何度か横に振り、勢い良く立ち上がった。


「ミユの様子を見てくるよ」


「ダメだよ、相手は女の子だもん。あたしが見てくる」


「大丈夫か?」


 俺をを遮ったものの、決心はつかないのかもしれない。アレクに問われると、フレアは再び俯いた。


「オレらもついてくからよー、ダメだったら言うんだぞ?」


「うん」


「じゃ、行くぞ」


 アレクとフレアものそりと立ち上がり、俺を置いて会議室の扉を押し開けた。

 こんな調子だと、やはり、溜め息を吐きたくなってしまう。我慢する事はせず、頭を搔いた。

 それに気付いたのか、アレクとフレアは小さく振り向く。「ごめんね」と小さな声も聞こえた。

 謝るくらいなら、もう少し俺のことも気遣って欲しいものだ。

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