第14話 宿敵Ⅲ
「早い方が良い。明日にでも風の塔に行こーぜ」
何も言えない自分に腹が立つ。
もし、ミユが過去を思い出してくれるのなら、そして俺を愛してくれるのなら。そんな希望を持ってしまう。
誰も口を開かない。そんな状況が暫く続いた。
突如としてノックの音が鳴り響き、扉が開いた。
アリアを先頭に、使い魔たち四人が険しい表情でずかずかと会議室に入ってくる。
「皆様、どうなさるか決められましたか?」
「明日、風の塔に行く」
「そうですか……」
四人は揃いも揃って複雑そうな表情でミユを見る。
「オマエらは影の事が何か分かったか?」
「いえ、サラはフレア様の魔法の暴発を目の当たりにしましたが、私もカイルも気配を感じただけで、何も」
黄眼黄髪の男性――アレクの使い魔であるロイが、ロイの隣に居るカイルと、後ろに居る赤眼赤髪の女性――フレアの使い魔であるサラを見遣る。
アレクは意気消沈し、腕を組む。
「何か時間稼ぎになるもんはねーか? 例えば、囮を使うとかよー」
「相手は影ですよ? 囮なんて意味ありませんよ」
「だよな」
影は今になって、何故、脅威の牙を剝き始めたのだろう。
もしかすると、封印された影本人に痕跡があるかもしれない。
確かめる価値はあると思う。
「……クラウ様?」
声のした方を向いてみると、カイルが不安そうに此方を見ていた。
「俺、あそこに行ってみる」
「まさか、あそこって、お二人が亡くなった場所じゃ――」
「ミユを頼んだ」
「危険ですよ! 待って下さい!」
確かめないと、俺が納得出来ない。
カイルの制止も聞かず、椅子から立ち上がるや否や、カノンやリエルが散っていった花畑へとワープした。
目を開けると、緑色のカノンの石碑と青色のリエルの石碑が仲良さそうに並んでいるのが見えた。
「今日は花とか持ってこれなかったんだ。手ぶらでごめん」
“良いよ、気にしてないから”
「本人に言われると変な気分」
ふわりと風が遊び、白い花弁を上空へと運ぶ。それを何となく眺め、息を吸い込んだ。
踵を返し、リエルとカノンが矢から逃げた道を辿る。多分、此方の方角で合っていると思う。
俺の考えが間違いである事を願いながら、一歩一歩大地を踏みしめる。
ようやく見えてきたのは、透明な石の中に封じられている影だ。黒色のマントに、靄のようにぼんやりとした黒色の顔、狂気に満ちた赤色の吊り目、にやりと笑う口元――
今、この場でこいつを消し去ってやりたい。
沸き起こる殺気をどうにかしようと、両手で拳を作る。
こいつが再び現れたのなら、何処かに異変がある筈だ。唇を噛み締め、影の足元へ目を遣った。
すると――
「……えっ?」
亀裂だろうか。つま先から上に向かい、石にヒビが入っているように見えたのだ。
まさか、封印が解けたのでは――
いや、そうなのだろう。現に、影に似た殺気を感じているし、フレアも魔法が暴走している。
また仲間が死ぬのは――ミユが死ぬのは絶対に嫌だ。
頬を温かな物が伝う。そのままその場に崩れ落ちた。
「嘘だ……!」
そんな事があって良い筈が無い。
これではリエルたちが戦った意味も、カノンが死んだ意味も無くなってしまう。
くしゃりと一輪の花を握りつぶした。
一番傷付いたのは俺ではなく、リエルだったのかもしれない。
―――――――――
気が付くと、仰向けの状態でベッドに寝転んでいた。
どうやってダイヤに帰り着いたのか覚えていない。
溜め息を吐き、天井を見詰める。
「クラウ、入るよ?」
ドアが開き、アレクとフレアが顔を覗かせた。
寝転がったまま応対する訳にもいかず、嫌々体を起こした。
フレアは何か料理が入った大皿を二つテーブルに置く。その間にも、アレクは椅子を二つベッドの傍に引き摺り寄せ、その一つにドカリと腰を落とした。
「どーだったんだ?」
「ヒビが、入ってた」
呟くと、静かに視線を落とした。
「だよな、じゃねーと異変なんか起きねーよな」
「アレクはさ、悔しくないの?」
「悔しいに決まってんだろ」
言った後で、自身の心は『悔しい』とは違う事に気付く。
「俺は、多分、悲しいんだと思う」
ようやくフレアも椅子に腰かけたようだ。白色のロングスカートと赤色のパンプスが目に入った。
「折角ミユと出逢えたのに、ささやかな幸せさえも消えていきそうでさ」
「クラウ、そんなに悲観しないで」
「そーだぞ、また勝ちゃ良いだけじゃねーか。次こそ、誰も欠けねーでな」
そんなに上手く行けば良いが。溜め息を吐きたくなる所を、ぐっと堪えた。
「明日の為にもちゃんと食っとけ。ミユが倒れちまうだろうからな」
「その事だけど」
フレアのその口調は、怒っているようにも聞こえる。
「誰も賛成もしてないのに、勝手にアレクが決めちゃって。ミユの事でしょ? 何で本人にもホントの事を伝えないの?」
「それは悪かったと思ってる。でもよー、そーでもしねーと話が進まなかっただろ?」
「そうだけど……! 万が一の事があったら、アレクは責任持てるの?」
顔を上げてアレクを見てみると、苦笑いをしながら頭を掻いていた。
アレクは悪役を買って出ただけだ。分かっているのに、言葉が出てこない。
「もう、信じられない」
フレアは何度か首を横に振ると、椅子から立ち上がり、スタスタと部屋から出ていってしまった。
アレクは溜め息を吐き、項垂れる。
「オレはどーすりゃ良かったんだ?」
「悩んでる間に、フレアと話しに行けば良いじゃん」
「それもそーだな」
言葉とは裏腹に、気乗りしないようだ。
アレクは小さな唸り声を上げると、「悪かったな」とだけ言い残して部屋から去っていった。
時計の針が動く音が、嫌に耳に残る。
予想通り、夕食は美味しく頂けなかった。
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