第13話 宿敵Ⅱ

「ビックリしたでしょ。こんな所で立ち話もなんだし、会議室に入ろう? アレク、クラウ」


「あ、あぁ」


 取り敢えず、ミユに何もなくて良かった。

 そのまま立てずにいると、アレクに無理矢理右腕を掴まれ、強引に立たされた。小さく息を吐き出す。

 一方で、ミユはアリアの方を不安げに顧みる。


「アリア?」


「私は他の使い魔と話がありますので。ミユ様は魔導師様たちとお話し下さい」


「うん」


 二人は手を振り合い、ミユは名残惜しそうに振り返った。

 先頭はアレクとフレアに任せ、俺はミユの後ろに回る。アレクが扉を押し開けると、視界は途端に広くなった。

 フレアはミユの席に走り寄り、椅子を引く。


「ミユは此処」


 それを微笑ましく思いながら、隣の席へ腰を下ろした。

 促されるままに、ミユもストンと腰を落ち着ける。そのまま動こうとしない。


「そうだよね、緊張しちゃうよね」


「う、うん……」


 フレアが声を掛けると、ミユは背中を丸める。


「段々慣れていけば良ーさ。な?」


「うん」


 誰だって最初は緊張するものだ。

 アレクに話を振られたので、頷いてみせる。


「オレたちは長い付き合いになるんだ。最初くらいはそれで良い」


「それで、アレク。早速だけど話って?」


「あ? あぁ」


 フレアの声で我に返ったように、アレクの顔は曇っていく。

 悪い予感がする。


「オレの勘違いなら良いんだけどよー、オマエらに異変は起きてねーか?」


 自分の口から小さな声が漏れていた事にも気付かない程に、酷い衝撃を受けた。

 先程はあんな気配を感じたのに、否定したくて仕方が無い。


「あたしは言ったでしょ? 魔法が暴発したって」


 ぼそぼそとしたフレアの声が耳に残る。


「そんな事……ある筈無い」


「オレもあったんだ、嫌な気配が横を通り過ぎた事がな」


「黙って」


「いや、黙らねぇ」


 何故、そんなにも俺の心を抉るのだろう。

 自分の意志に関係なく、目頭が熱くなる。


「何で……! そんな事、あっちゃいけないのに!」


「目ぇ背けて現実が変わるのか?」


 アレクが言いたい事も分かる。現実が変わらない事も分かっている。それでも認めたくはなかった。

 また、嫌な殺気を感じた事実も重く圧し掛かる。

 頭の中がぐちゃぐちゃになってしまい、両手で頭を抱えた。


「何かあったんだな」


 アレクの問いに小さく頷き、きつく瞼を閉じた。


「ミユ、済まねぇな。これはオマエにも関係してる話だ」


「えっ?」


 ミユを巻き込みたくはなかったのに。俺の心とは裏腹に、話は進んでいく。


「オレらには敵が居る」


「敵?」


「あぁ、百年前にこの世界を壊そうとした『影』だ」


 若干間を開けて、アレクは言葉を繋ぐ。


「百年前の魔導師たちが封印した。文字通り、命を賭けてな。その時に、一人だけ殺られたんだ。オマエと同じ、地の魔導師だったらしい」


「えっ? う~ん……」


 声だけでもミユが困惑しているのが分かる。

 こんな状態で話を進めても、アレクの思い通りにいく筈が無い。


「またこの中の誰かが戦いの最中に殺られてもおかしくねぇ。そんなヤバいヤツだ」


「……待って」


 ミユはアレクの言葉を遮る。


「何だ?」


「私、戦うなんて言ってない」


「い、いや……それはそーだけどよー」


「何で私が戦わなきゃいけないの? 敵って言ったって、この世界の事でしょ? 貴方たちだけで何とかならないの?」


 ミユは今や異世界人だ。異世界を救うなどという事は、余程奇特ではない限り、引き受けはしないだろう。

 アレクは大きく溜め息を吐く。


「影も魔法を使える。逃げたって追ってくるんだ。オレらだけじゃ、オマエを守り切れねぇよ」


「そんな……」


 アレクの言う通りだ。情けない事に。

 それに、俺が目を離した隙に、またミユが狙われるのなんて絶対に嫌だ。

 俯いたまま、頭から両手を離した。


「ミユ、魔法を使いたい?」


 小さく、それでいて芯のあるフレアの声が部屋に響く。


「おい、それじゃー、魔法は要らないって言えちまう――」


「あたしはミユの意見を尊重したい」


 確かに、フレアの言う通りかもしれない。

 いずれはミユにも魔法を使えるようになってもらわなければいけないのだろう。

 魔法を使えるようになる過程で前世を見せられ、魔導師は覚醒する。ミユは自分がカノンだった頃を思い出すだろう。

 俺はミユに覚醒してもらいたい。

 ミユがそれを否定するのであれば、俺の意見は関係なく、先延ばしにするのも有りかもしれない。


「ちょっと考えさせて」


 呟くと、ミユは黙ってしまった。部屋が静まり返る。

 ふと、アレクの呼吸音が向かい側から聞こえた。


「ミユ、ちょっとだけ『過去』を覗いてみねーか?」


「アレク! 何言ってるの!?」


「ミユはこの世界の事を何も知らねーんだ。ヒントぐらいやっても良いだろ」


「それって――」


「少し黙ってくれ」


 という事は、ミユに黙って覚醒させるという事だろうか。

 賛成はしかねない。

 顔を上げて、アレクを睨み付けた。

 それも見ていないのか、アレクの視線はミユを捉えて離さない。


「その『過去』を見たら、私、決められるかな」


「あぁ、多分な」


「じゃあ、やってみる」


 こんなの、アレクの誘導尋問だ。決定権はアレクが持っているのではないのに。

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