第4章 宿敵
第12話 宿敵Ⅰ
これは俺の完全なる一目惚れだ。
ヴィクトの隣に佇むあどけない少女を見た瞬間、心臓が高鳴った。
焦茶の長い髪に、金色のくりくりとした円らな瞳――今まで見てきた、驕り高ぶった貴族の令嬢とは全く違う。アイリスも傲慢ではないが、俺の好みには当てはまらなかった。
「あ、あの……?」
その小さな口から紡がれる声も鈴の音のように可愛らしい。
「あぁ、コイツはリエルで、こっちはカノンだ。オマエら、挨拶は無しか?」
「あっ、ごめんなさい! よろしくお願いします」
「よろしくね」
ぺこりとお辞儀をする少女――カノンに、何とか声を振り絞った。顔も熱を持っているから、恐らく赤くなっているだろう。
「アイリスはちょっと遅れてるみてーだな。先に座って待ってようぜ」
「うん」
俺の返事に僅か遅れて、カノンも小さく頷いた。
二十席並ぶテーブルのうち、いつの間にか定位置となっていた中央の席へと近付く。向かいにはヴィクト、その隣はアイリスなので、必然的にアイリスの向かい側、俺の右隣の席にカノンが座る事となった。
嫌でも右半身が緊張で強張ってしまう。
「カノン、何か聞きてー事はあるか?」
「う~んと……。皆の誕生日は何時?」
「あ? オレは九月八日だ」
「俺は十二月一日」
答えると、カノンの表情はぱっと明るくなっていく。
「やっぱり! 皆、誕生日に魔導師になったんだね~」
「じゃー、オマエは三日前が誕生日か?」
「うん!」
ニコニコと笑うカノンが太陽のように眩しい。
ぼんやりとカノンの顔を眺めていると、その向こうで扉が鈍い音を立てて開いたのだ。
「遅くなってごめんなさい」
「いや、気にすんな。何かガーネットで用事があったんだろ?」
「うん、そうだけど……」
アイリスは申し訳なさそうにカノンへ頭を下げた。カノンは小首を傾げる。
「貴女は誰?」
「あたしはアイリスだよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
意識がぼんやりとする。
カノンもその場でお辞儀をしたところで、はっと瞼を開けた。
一瞬、自分自身が誰だか分からなくなってしまった。
「やっと起きましたか」
「カイル?」
視線を天井からドアの方へと移してみる。
ベッドの傍で苦笑いをするカイルの姿があった。
「もう会議のお時間ですよ」
「えっ!?」
時計の針を見てみれば、十二時五十五分を指している。
もうミユはダイヤに到着してしまっただろうか。
昼食を食べていない事も忘れ、ベッドから跳ね起きた。
「もう行きますか?」
「当たり前だよ」
アレクとフレアは兎も角、ミユを待たせる訳にはいかない。
カイルの次の言葉を待つ間もなく、ワープを試みる。視界は光に遮られ、そっと瞼を閉じた時だった。
何かどす黒い邪気のようなものを感じ取ったのだ。
この感じは、三日前に感じた気配に似ている。それでいて、殺気はもっと強い。
瞼を開けると、もう既に会議室の前へと移動していた。たとえ、直ぐにサファイアへ帰ったとしても、気配の主は姿を消しているだろう。気配の正体を知る術は残されていなかった。
「クラウ様、三日前におっしゃっていた気配って、今の……」
「うん、今のはそれよりももっと殺気が強い」
この気配は、やはりカノンを殺した相手――
駄目だ。認めては、俺の過去だけではなく、カノンが散った意味も無くしてしまう。
首を強く横に振り、片手で頭を抱えた。
「大丈夫ですか?」
「うーん……」
「クラウ様、今の事は直ぐにアレク様とフレア様に報告してください。私は使い魔たちに報告してきますので」
「うん」
言い切ると口を結び、眉を顰める。
カイルとはそこで別れ、会議室の扉を潜った。
時間ギリギリになってしまっていたから、アレクは既に到着していた。フレアの姿は無い。
俺の顔を見たアレクは、直ぐに俺の身に何か起きた事を察知し、勢い良く椅子から立ち上がる。
「何があった?」
「うん、さっき――」
「きゃーーっ!」
この叫び声は、間違える筈が無い。ミユだ。会議室の外から聞こえる。
嫌だ。ミユが殺されるなんて絶対に嫌だ。
考えるよりも早く、足が動いていた。
床を蹴り、扉を乱暴に押し開ける。
「ミユ!?」
そこには困惑した表情のミユと、少しだけ驚いた様子のアリアが立っていた。
「お二人とも、ミユ様は大丈夫です。ウサギの姿の私を見たのが初めてだっただけですから」
「良かった……」
何事も無くて本当に良かった。
腰が抜けてしまい、ストンと床に崩れ落ちた。
「何で、何で二人ともビックリしないの!? ウサギがアリアになったんだよ!?」
ミユは両手で拳を作り、俺たちを見遣る。
「何でって言われてもなあ?」
「うん、元々アリアはウサギだし」
「え~っ!?」
カイルが犬の姿になる所を散々見てきた俺にとって、ウサギがアリアになる事など全く不思議ではなかった。
その時、ミユと俺との間にフレアが現れたのだ。
フレアは此方を向き、小首を傾げる。
「アレク? クラウ? 何してるの?」
「ミユが初めてウサギのアリアを見たらしい。んで、ミユの悲鳴が聞こえて、な?」
「うん」
「成程ねぇ……」
曖昧に返事をすると、フレアは納得したように吐息を吐き出した。
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