第9話 想い人Ⅳ
怒りはマグマのようにふつふつと煮えたぎる。
そこへフレアが声を上げた。
「もう、喧嘩しないでよ。ミユを怖がらせちゃったかもしれないでしょ?」
「あっ……ごめん! そういうつもりじゃ……」
ミユの名前を挙げられ、一気に怒りは収束していく。
更にフレアに溜め息を吐かれ、恥ずかしさが沸き起こる。堪らずに俯いてしまった。
俺の気持ちを知ってか、フレアは話を続ける。
「今のはアレクが悪いんだから。少し反省してね。クラウの他己紹介はあたしがするから。……そうだなぁ、人一倍、感受性が強いんじゃないかなぁ。笑って、怒って、たまには泣いて。そう、情熱家なんだよ。水の魔法を使える、サファイア生まれの十九歳だよ。……大丈夫だった?」
「うん」
はっきり言って、話の内容は殆ど頭に入っていない。アレクとは違い、フレアは俺を誉めてくれたという事がぼんやりと分かる程度だ。
ミユの様子を見てみると、先程と変わらず、丸く可愛らしい瞳で俺を見ていた。
再び目を伏せる。
「まっ、こんな感じだ。ミユ、これからよろしくな」
「よろしくお願いします」
俯きながらも、ミユがお辞儀をする気配を感じ取れる。
「オマエもそろそろ機嫌直せよ。ミユに変人だと思われても知らねーぞ?」
いや、怒っているのではなく、恥ずかしいのだ。それよりも、ミユに変人だと思われるのは回避したい。
ミユの方を向いて、思い切り首を横に振ってみせる。どうか、俺の事を変人だと思わないで欲しいという願いを込めて。
それが通じたのか、ミユはちょこんとお辞儀をする。
良かった。
言葉が出てきてくれない代わりに、しっかりとお辞儀を返す。
「はい。ミユ、ケーキ好きなんだもんね。あたし、甘いもの苦手だから、あたしの分も食べて」
「良いの?」
「勿論」
ミユに手渡されたのは、いつもの夕飯と然程変わらない量のケーキだった。
そんなに食べられるのか怪しく思いながらも、今度は俺の方に差し出されたケーキを受け取った。こちらはカットケーキ一人分の適度な量だ。
ミユは待ちきれないと言わんばかりにフォークを持ち、ケーキを掬う。口に入れた瞬間のその表情は、至福そのものといった幸せそうなものだった。
余程ケーキが好きらしい。
「美味しい……」
呟くと、ケーキを口に運ぶペースは徐々に上がっていく。
「これもアレクが作ったの?」
「ああ、そうだぞ」
「凄く美味しい!」
何だかこちらまで幸せになってくる。思わず笑ってしまった。
俺もフォークでケーキを掬い、頬張った。甘酸っぱいベリーの味と、まろやかなミルクの味が混ざり合い、絶妙な甘さを引き立てている。
「また作ってやる。次は……三日後だな」
「三日後?」
「ああ。オマエらにちょっと聞きたい事があってよー」
アレクの表情に、僅かに雲が掛かる。
何か嫌な予感がする。胸もざわつく。
「詳しくは三日後だ。それまでは何時も通りのんびりしてよーぜ」
まさか――いや、そんな筈が無い。自ら出した最悪のシナリオを打ち払い、唇を噛んだ。
「フレア、そろそろあれやろーぜ。準備は出来てるのか?」
「うん。直ぐにでも出来るよ」
「そーか! クラウ、ミユ! こっち来てみろ!」
あれとは、花火の事を言っているのだろう。アレクとフレアが窓辺へ近付いていくのを確認し、ミユの方へと振り向いてみる。
先ずは一発目――白色の大輪の牡丹のような花火が、星の煌めく夜空に咲き誇った。
「ミユ、早く」
「うん」
早くミユにも見せてあげたい。多少急かしてしまうかもしれないが、手で窓を指し示し、四人で窓辺に並んだ。
今度は緑色の花火が打ち上がる。
「コレもフレアの魔法だ」
「……凄い」
「だろ?」
ミユとアレクが会話をしている最中も花火は上がり続ける。
流石はフレアの魔法だ。サファイア――俺の故郷で見る花火よりも華やかで大きく感じる。
「私、この世界に来た時、ホントに怖かった。これから先、どうなっちゃうんだろうって」
左隣に居るミユは小さな声で話し始めた。
「元の世界に帰りたい気持ちは変わらないよ。でも、ちょっとなら、この世界に居ても……良いかな」
照れ隠しなのか、ミユは小さく笑う。それにつられて俺たちも笑い声を上げた。
今はそれで良い。いつか――いつか、この世界を選んでくれる時が来るのなら、俺と一緒に居たいと思ってもらえる時が来るのなら。
ぼんやりとしながら花火を眺める。フレアの悪戯で緑色の花火、ハートの花火、青色の花火が一列に並んだ時には冷や冷やした。ミユの顔を見てみると、花火に夢中になっているのか目を輝かせるばかりだった。ほっと胸を撫で下ろし、再び窓の外へ視線を向ける。
スターマインが花火の幕を下ろす。儚く残る光の残影が尾を引き、脳裏に残る。
フレアに礼を言おうと左側を見てみる。
「あれ?」
そこに居るべき二人の姿が無い。
「アレクとフレアが居ない」
「えっ?」
テーブルの方を見てみても、扉の方へ目を遣っても、やはりアレクとフレアは居ない。
キョロキョロとしているうちに、不意にミユと目が合った。
真っ直ぐにミユを見る事が出来ず、そっと目を伏せる。
「え、えっと……」
「今日はミユに会えて良かった。今日はゆっくり休んで」
「う、うん」
いきなりミユと二人にされると、なかなか思い通りに言葉が出てきてくれない。折角二人きりになれたチャンスなのに。
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