第10話 想い人Ⅴ

 また今度、楽しく皆で話そう。そう口を開きかけるも、別れの時の方が早かったらしい。

 会議室の扉が開くと、間を置かずにアリアが姿を現した。椅子に置かれた氷の花束を手に取り、トコトコとミユに走り寄る。


「ミユ様。そろそろエメラルドに帰りましょう」


 言いながら、その花束をミユに抱き抱えさせる。


「エメラルド?」


「はい。ミユ様のお家です」


 ミユが仕方なさそうに小さく頷くと、アリアも微笑みながら大きく頷いた。


「では、エメラルドの部屋を思い浮かべてみて下さい。帰りたいと願えばワープ出来る筈ですから」


「うん」


 ほんの少しでもミユと二人きりになれて良かった。恐らく、アレクとフレアの心遣いのお陰だろう。


「ミユ、また三日後に」


 ワープを始め、光を放つミユに囁きかけてみる。

 返事を聞くよりも早くワープを終えてしまった為、ミユの声は聞けなかった。


「私もほんの少しだけエメラルドへ帰ります。直ぐに戻りますので」


「分かった」


 アリアもまた、ミユを追い掛け、足早に去っていった。


「アレク、フレア」


 声を張り上げてみると、扉が僅かに開き、二人が隙間から覗いて様子を窺っているのが分かる。


「ミユは帰ったのか?」


「うん」


 頷いてみせると、フレア、続いてアレクがようやく会議室の中へと入ってきた。二人は安心した表情をし、その場で両腕を組む。


「何とか無事に終わったな」


「そうだね」


 アレクとフレアは揃って長い息を吐き出す。


「アレク、フレア、ありがとう」


「えっ? 何が?」


「オレらは何もしてねーぞ? な?」


「ええ」


 何かをしてるから礼を言っているのに。

 まあ、そんなところも二人らしいか。などと考えながら、小さく笑ってみる。


「さっ、片付けるか」


「そうだね」


 アレクはテーブルを見据えると、腕を捲りながら口角を上げる。そんな様子にフレアはくすっと笑う。

 俺も二人ばかりに任せてはいけないと、テーブルに歩み寄り、先ずは自分の取り皿を手に取った。


「お皿洗いはあたしに任せて。力仕事は二人に任せるね」


「ああ」


 フレアがガッツポーズをするので、アレクと二人で大きく頷いてみせた。

 自身の取り皿を持ち、フレアは足早にキッチンへ向かう。


「ミユと二人で何話したんだ?」


「それを聞かれると……。うーん……」


 二人きりにはなれたものの、思い返してみると大した話は出来なかった。嫌でも落ち込んでしまう。

 がっくりと肩を落とす俺に、アレクは苦笑いをする。


「やっぱオマエ、情けねーな」


 そう言われると返す言葉が無くなってしまう。

 むっと脹れると、アレクは更に頭を掻く。


「ま、これからに期待だな」


 アレクは嫌味に笑うと両手いっぱいに皿を持ち、俺に背を向けて会議室を去っていった。


「はぁ……」


 引き摺っていても仕方が無い。アレクの言う通り、これからミユと仲良くなれれば良い。

 何とか後悔を振り解くように頭を振り、気持ちを切り替える。

 それから会議室と隣接するキッチンを何度か往復した。アレクとフレアともあまり話をする事も無く、淡々と食器を運ぶ。

 途中でやってきたアリアはフレアの手伝いをしている。


「ミユの様子はどう?」


 尋ねると、アリアは皿を布巾で拭きながら顔を此方へ向けた。


「直ぐに眠ってしまいました」


「そっか」


 初対面の人たちに囲まれれば、誰でも疲れてしまうだろう。

 眠ってくれて良かったと、ほっと胸を撫で下ろす。


「クラウ様は眠れそうですか?」


「うーん、分からない」


 一方で、『初対面』と考えれば考える程、心に重たいものが圧し掛かる。俺の中では初対面ではないのだから。

 苦笑いをすると、アリアはクリクリとした丸い目を吊り上げた。


「眠れない時は、カイルに温かい飲み物を出してもらって下さいね」


「うん、分かった」


 その仕草が微笑ましくて、思わず小さく笑ってしまった。


「おい、こっち手伝ってくれねーか? 一人じゃ持てねぇ」


 そこへアレクが気後れせずに、ずかずかと話に割り込んできたのだ。


「何?」


「ケーキ皿だ。まだ半分も残ってやがる」


 寧ろ、あの大きさの三段ケーキを半分も食べた事を喜んで欲しい。


「アレク、大きいの作り過ぎじゃん」


「ああ? 歓迎会ならあの大きさが普通だろ」


 いや、アレクの普通が良く分からない。

 口をへの字に曲げて首を傾げると、アレクも口を尖らせる。

 そこへフレアが溜め息を吐いた。


「もう、いちいち喧嘩しないでよ。残ったケーキは使い魔に食べてもらえば良いでしょ?」


「それもそーだな」


 そうか、その手があったか。俺も心の中で呟き、アレクと一緒にフレアに頷いてみせた。


「分かったら行くぞ」


「うん」


 必要の無い言い合いをするつもりは俺にも無い。素直に頷き、ケーキ皿の元へと急いだ。

 ケーキは崩れる事も無く、綺麗に半分だけ残っていた。テーブルを挟んでアレクと向き合い、息を合わせる。


「せーの」


 若干鈍い音を立てて、白色の大皿は持ち上がった。左側にケーキが偏っているので、力の加減を間違えればケーキは崩れてしまうだろう。


「倒すなよ」


「分かってるよ」


 念を押すように、アレクは鋭い眼光を俺に向ける。

 ゆっくり、ゆっくりとテーブルから離れ、丁度テーブルから扉への中間地点に差し掛かった頃だ。


「そう言えばさ」


「何だ?」


「三日後に聞きたい事あるって言ってたじゃん? 今じゃ駄目なの?」


 今ならばフレアも居る。何か不吉なものであるのなら、ミユにはあまり聞かせたくない。

 そんな思いから口にしたのだが、アレクは目を伏せて否定する。

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