第8話 想い人Ⅲ

 アレクは意地悪そうに口角を吊り上げる。


「取り敢えず食え。オレが作った料理残したら後が怖いぞ?」


「はっ、はい……!」


 ミユは慌ててフォークとナイフを手にし、目の前の照り焼きチキンを頬張った。

 脅す事も無いのにとアレクを睨んでみる。


「あの、アレクさん」


「『さん』は止めろ。あと、敬語も禁止な」


「は……う、うん」


 今まで敬語を使って生活をしていたのだろうか。小さく頷くミユに、思わず笑いが漏れる。


「で、なんだ?」


「えっと……何だっけ……」


 ミユは頭に思い描いていた事も忘れてしまったらしい。彼女らしいと言えば、らしいのだろう。

 これにはアレクも声を上げて笑った。


「オマエ、やっぱ……いや、何でもねぇ」


 アレクも俺と同じことを思ったのだろう。腕を組み、満足そうに首を軽く振る。

 笑われた事を不服に思ったのだろうか。ミユは口をへの字に曲げ、そのままポテトサラダを頬張った。

 今が話し掛けるチャンスかもしれない。


「ミユ、美味しい?」


 問いかけると、ミユはちょこんと頷く。


「良かった。俺の好物なんだ、ポテトサラダ」


 ポテトのホクホク感にマヨネーズのまったりとした味が合わさって、最高のハーモニーを奏でている。

 ミユは小首を傾げ、また一口ポテトサラダを口へ運んだ。


「ミユの好きな物はある?」


「うん。ケーキ」


 思わずテーブルに聳える三段ケーキに目が行った。

 絶対に四人で食べ切れる訳が無い。それでも、ミユの舌を満足させてあげられるのなら良いか、と思った。


「アレクとフレアの好きな食べ物は?」


「オレは肉だな」


「あたしは辛い物」


 俺もポテトサラダを食べながら、二人の方を見遣る。

 その二人の目の前には、きちんと好物ばかりが並んでいた。


「フレア、こっちのも辛いぞ。食ってみろ」


 アレクは赤く変色したチキンをよそい、フレアに押し付ける。


「うん。……美味しい」


 少しだけ睦み合うアレクとフレアに、小さく息を吐く。そんな時、ミユが俯いた気がしたのだ。


「ミユ、どうかした?」


「ううん、何でもない」


 何か気に障ったのなら、聞いておきたかったのに。ミユは冴えない表情をするばかりだ。

 その場の空気を呼んだのか、アレクは話を変える。


「そーだ! ここら辺でゲームでもしねーか?」


「何するの?」


「そーだな……。他己紹介ゲームなんかどーだ?」


「良いじゃん。ミユに俺たちの事を知ってもらえるし」


 昨日からアレクは冴えていると思う。少しは俺の気持ちを汲んでくれているという事だろうか。

 頷き、アレクとフレアに笑顔を向けた。


「ミユは見ててくれ。んじゃ最初はクラウがフレアの他己紹介だ」


「分かった」


 俺が一番手になるとは。いきなり紹介するとなると、なかなか良い所が纏まらない。

 フレアの顔を見詰め、取り敢えず思った事を口にしていく。


「フレアは……そうだな、優しくて、しっかり者だよ。ミユにとっても、頼りになる存在になると思う。でも情に脆くて、涙脆い。火の魔法を使える、ガーネット育ちの二十一歳だよ」


 カノンはフレアを――いや、アイリスを憎みながら死んでいった。理由は未だに分からない。

 ミユがカノンの事を思い出せば、またフレアを憎むかもしれない。

 複雑な気持ちを抱きながら話を締めくくる。

 何故か、フレアは不服そうな表情に変わった。


「あたし、そんなに泣いてるかなぁ」


「泣いてるな」


 一番近くでフレアを見てきたであろうアレクも大きく頷く。


「どこか変な所あった?」


「ううん、大丈夫だよ」


 取り敢えず、俺の他己紹介は上手くいったのだろう。

 フレアが笑顔に変わったのを見て、肩の荷が下りていった。思わず吐息が漏れる。


「じゃ、次はフレアがオレの紹介してみてくれ」


「うん、分かった」


 フレアはちらりとアレクを見ると、ミユの方へと向き直った。


「アレクは頼もしいよ。料理も出来るし、いざとなった時に役に立つと思うの。面倒見も良いし、話も聞いてくれる。風の魔法を使える、トパーズ生まれの二十二歳だよ」


 フレアが他己紹介を終えると、アレクは腕を組み、口をへの字に曲げる。


「いざとなった時に役に立つってよー、この流れじゃ、オレが非常食みてーじゃねーか」


 絶対にそういう意味で言ったのではない。アレクを食べようとする者なんて誰も居ない。

 頭を抱えていると、フレアは目を伏せる。


「非常食じゃなくて、救助員のつもりだったんだけど……」


「いや、フレアは間違ってねー! オレの勘違いだ!」


「そう? それなら良いんだけど」


 申し訳無さそうに振舞うフレアに、アレクはニッと笑う。


「最後はオレがクラウの紹介だな」


「変な事、ミユに教えないでよ」


 けなしたりはしないだろうとは思うが、一応、念を押してみる。


「任せとけ! クラウは……アレだ、一言で言うと無鉄砲だ。んで、生意気で、オレらの意見聞かねーし――」


「ちょっ……アレク! それ、俺の事けなしてるだけじゃん!」


「ああ? 間違ってねーだろ?」


 ミユの前で何という事を言うのだろう。

 アレクを信用しようとした俺が馬鹿だった。少しは俺の気持ちを汲んでくれているという思いを返して欲しい。

 いくらアレクを睨んでも睨み足りない。口もへの字に曲げてみる。しかし、アレクはニヤニヤと笑うばかりだ。

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