第5話 期待Ⅲ

「んじゃ、先ずは歓迎会の準備からだな。アリアにも協力してもらって――」


「皆様、申し訳ありません……!」


 突然、地の使い魔であるアリアの叫び声が聞こえたかと思うと、会議室に使い魔たちが雪崩れ込んできた。

 皆が膝を付き、荒い呼吸を繰り返している。


「オマエら……何があった?」


「それが……あの……」


 アリアは途切れ途切れに言うと、俺たちに揺れる眼差しを向けた。


「地の魔導師様が……部屋を抜け出してしまったようで……」


「はっ?」


 聞いた言葉に耳を疑う。

 では、あの薄暗く、果てしない階段を下りていったという事だろうか。

 ランタンに照らされた石造りの螺旋階段を思い出し、絶句した。


「次の会議は何時ですか……?」


「いや、その前に地のヤツの歓迎会だ。アリア、地のヤツにコッチの世界の事は話してあるのか?」


「いえ……。余程ショックが大きかったらしく、なかなか話し出せなくて……」


「こーなったら早い方が良いだろ? 明日の夜にでもやっちまおーぜ」


「明日……?」


 思わず口から零れていた。

 今日は地の子に逢えないと分かった時に、逢うにはもう暫く時間が掛かるだろうと覚悟していた。

 それが明日、実現するのだろうか。

 アレクはこちらを見ると、意地悪そうに笑う。


「あぁ。じゃねーとコイツの身が持たなそーだしな」


 その右手の親指は確実に俺を向いている。

 こんなアレクでも、一応、役に立つ時は立つらしい。


「では、明日の夜に必ず地の魔導師様をお連れします。私はこれで失礼致します」


 アリアは言い切ると、瞬時に光に包まれてワープしてしまった。

 残された使い魔たちが何かの相談を始めると、フレアは不安そうに口をへの字に曲げる。


「でも明日って……少し急じゃない?」


「まっ、何とかなるだろ! な、クラウ」


「えっ? う、うん」


 話を急に振られても困ってしまう。

 曖昧に返答し、頭を掻いてみる。


「そーいや話が変わるんだけどよー」


「何?」


 フレアが小首を傾げると、アレクは渋い表情に変わってしまった。


「……いや、何でもねぇ。地のヤツが覚醒もしてねーのに、そんな事あって堪るか」


 意味深な言葉に眉を顰める。

 何か、悪い事が起こっているのを隠しているような、そんな印象を受けた。


「アレク」


「あ?」


「何隠してるのさ」


 凄んでみても、アレクは首を振るばかりだ。


「いや、今のは忘れてくれ」


 これ以上追及しても、何も返答は得られないのだろう。

 溜め息を吐き、腕を組んだ。


「オレは明日、夕方には料理の仕込みを始めるからよー、オマエらも夜の六時には集合だからな」


「分かった」


「オマエら、話は終わったか?」


「はい、終わりましたよ」


 アレクが使い魔たちを見遣ると、使い魔たちもうんうんと頷く。


「じゃ、今日は解散だな」


「また明日、ね」


 アレクとフレアはにこやかに俺の方を見る。

 何時もこうだ。二人とも、俺が城に帰った後で密に話をしているに違いない。

 邪魔者はさっさと退散しよう。

 椅子から立ち上がると、一息つく間も無く、帰宅の途に着いた。


 帰ってきたは良いが、何をしよう。

 ソファーに座り、何気なくテーブルの上の本に目を遣った。

 題名は『今宵、闇の中へ』。魔法の無い世界でモンスターを倒していくファンタジー小説だ。

 これでも呼んで暇を潰そう。そっと手に取り、パラパラとページをめくっていく。

 栞を入れてある場所は――そう、洞窟探検の場面だ。

 どんな話になるのだろう。ワクワクしながら読み始めた筈だった。

 気持ちは読書とは別の方向へ行ってしまう。

 一時は遠いと思われた地の事の対面が明日に迫っている。ソワソワが止まってくれない。


「やっぱり駄目だ……」


 全く話に集中出来ない。本を閉じ、テーブルの片隅に戻した。


「うーん……」


 せめて話し相手が居れば良いのに。そう思っていると、タイミング良くカイルが現れた。

 手には切り分けられたバゲットと海老のアヒージョ、コンソメスープ――昼食を持ってきてくれたのだ。


「クラウ様、昼食をお持ちしましたよ。食は進まないかもしれませんが、これだけでも食べて下さい」


 昨日の昼食も、夕食も残してしまったからか、カイルは心配そうな顔で此方を見る。それに対し、苦笑いをして無言で頷いてみせた。

 海鮮のアヒージョは、此処サファイア王国では名物になっている程に美味しい。

 気を利かせてくれたのだろうか。カイルがシェフではないのに、都合の良い方へ解釈してしまった。


「そう言えばさ」


「どうしました?」


「カイルは地の子の名前聞いた?」


 きっと可愛らしい名前なのだろうな、と想像を膨らませる。


「ええと、確か――」


「ちょっと待った。やっぱり聞かないでおく」


「分かりました」


 此処で聞いてしまっては、明日の楽しみが一つ無くなってしまうし、会話のネタも減ってしまう。そう思い直した。

 笑うカイルを尻目に、海老をバゲットに乗せ、思い切ってかぶりつく。濃厚な海の味とオリーブの香りが口いっぱいに広がる。

 その触感も楽しみつつ、ごくりと一気に飲み込んだ。

 早く明日が来ないだろうか。そう願いながら。

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