第3章 想い人
第6話 想い人Ⅰ
その時はゆっくりと、しかし確実にやってきた。
既に日は落ち、部屋には明かりが点いている。
もうそろそろ準備をした方が良いだろう。ラナンキュラスをイメージし、そっと魔法を使った。
「カイル!」
現れた十本程の氷のラナンキュラスを、折れてしまわないようにそっとテーブルに広げてみる。
「どうされましたか?」
俺の声を聞きつけたカイルが、いつものように慌ただしくやってきた。そのまま俺の正面に立つ。
「花束を作りたいんだよ。良いラッピングペーパーないかな」
出来れば可愛らしい色が良い。淡いピンクや黄色の女の子らしい色が。
カイルもラナンキュラスに目を遣ると、すぐさま踵を返す。
「少しだけ待っていてください!」
ドアも閉めずに出ていってしまった。冷気が部屋の外からやってくる。
ドアぐらい閉めていって欲しいものだと思いながら、自分でドアを閉めた。
カイルの言葉通り、待っていたのは本当に少しだけだった。十分も経っていないと思う。
戻ってきたカイルの手には、ピンク、黄色、水色、緑色――様々な色のラッピングペーパーが抱えられている。
「どの色が良いですか?」
「うーん……」
地の子の顔が分からないのでカノンの顔を思い出し、その中から桜色のラッピングペーパーを一枚選らんでみた。
「これ、どうかな」
「きっとお喜びになりますよ」
カイルも好感触だったようだし、ラッピングペーパーはこれにしよう。
問題は此処からだ。三本の花を三角形に持ち、それに沿わせて残りの花も束にしていく。
この氷の花は、俺の魔法の効果で、百度を超えようとも解けないようになっている。俺の身に何かが起きない限りは永遠に形を保ち続けるだろう。
最後にラッピングペーパーとセロハンで花束の茎を覆った。濃いピンクのリボンも結ぶ。
自分で言うのもなんだが、なかなかの出来ではないだろうか。
喜んでくれると良いなと、ラナンキュラスを指で撫でてみる。
「もうそろそろ行こうかな」
時計を見てみれば、時刻は五時五十分だ。良い頃合いだろう。
「カイル、行ってくるよ」
「分かりました、此処はお任せ下さい!」
片手で軽くカイルに手を振り、早速ワープを試みた。
浮遊感が消え去れば、昨日も目にしたあの白い扉があった。
コンソメの匂いやケチャップの匂い、それに何かが焦げたような匂い――様々な食べ物の匂いが辺りに立ち込めている。アレクも大いに腕を振るったのだろう。
まだ地の子は来ていないよなと、少し身構えて扉を押し開ける。
テーブルの上は料理で溢れていた。鳥の丸焼きやステーキ、ポテトサラダに赤色のスープ、中央には三段ケーキまでもが鎮座している。
作るのに大分時間が掛かっただろう事は容易く推察出来る。
それは良いのだが、アレクとフレアの姿が無い。何処かへ行ってしまったのだろうか。
「うーん……」
取り敢えず、座って待っていよう。いつもの指定席に向かい、花束を抱えたまま腰を落ち着けた。
俺の右側の席は、今日には埋まるのだろう。胸に込み上げるものがあり、目頭が熱くなる。
そんな時、扉は開かれた。
「お! 来てたんだな!」
「こんばんは」
やってきたのはアレクとフレア、それにアリアだ。三人はそれぞれ大皿を抱えている。
「それ、まだテーブルに乗る?」
「何とかなるだろ。これで最後だしな」
思わず立ち上がると、アレクはニッと笑う。
三人はテーブルの奥側へ行くと、僅かに開いている隙間に料理を並べていく。
「アリア、ありがとな」
「いいえ、とんでもありません」
アリアは小さく首を振ると、そっと微笑んだ。
「地の魔導師様をお連れしても大丈夫ですか?」
「ああ。頼む」
「お任せ下さい」
アリアがぺこりと頭を下げると、来た道を引き返していく。
扉の閉まる音が嫌に耳に残る。
もう直ぐだ、もう直ぐ逢える。それだけで、百年間の嘆きや悲しみが消えてくれる気がする。
「クラウ、テーブルにクラッカーあるでしょ?」
フレアに言われてテーブルに目を落としてみると、確かに小さな金色の円錐状の物が置かれていた。花束を左側の席に置き、その物体を摘まみ上げてみる。
「これ?」
「うん。扉が開いたら、それ鳴らすからね」
「分かった」
心臓が飛び出しそうな程に鼓動を速めていく。手にも汗が滲み始めた。
駄目だ、頭が回らない。
見られていても良い、一度深く深呼吸をし、扉を見据えた。
その時だ。
「その扉を開けちゃって下さい」
扉の向こうから、アリアの微かな声が聞こえてくる。
地の子が到着したのだ。
あまり間を置かずに蝶番が軋んだので、クラッカーの紐を引っ張った。
破裂音と共に、紙吹雪が舞う。
その向こうに見えたのは、焦茶色の髪の女の子――
カノンによく似ている。髪は背中の中ほどまで揺蕩い、見開かれた瞳は今は焦茶だが、丸く可愛らしい。
一瞬固まってしまった地の子は、軽く首を振る。
「お招き頂いて、ありがとうございます」
その声も顔に違わず、鈴の音のように可愛らしい。
丁寧にお辞儀をする地の子に思わず見惚れてしまった。
「こっちに来て。皆、貴女を待ってたんだよ」
上手く反応が出来ない俺とアレクの代わりに、フレアが地の子の席を指し示す。
地の子はそれを見て、ゆっくりとこちらに近付いてきた。
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