第4話 期待Ⅱ

 一応、決めつけてしまう前にカイルにも確認しておこう。


「地の子は体調大丈夫だって?」


「……はい?」


「アリアからは何も聞いてない?」


 特別、変わった事は聞いていない筈なのに、カイルはそのまま固まってしまった。


「カイル?」


「あの……」


 カイルは何故か口籠り、申し訳無さそうな顔で俺を見る。


「私、地の魔導師様が今日会議に来るってお伝えしましたっけ」


「えっ?」


 言われて初めて気が付いた。カイルは地の子と今日逢えるなんて、一言も言っていない事に。

 まさか、俺の勘違い――

 段々と治まってきた筈の頭痛がぶり返してしまったようだ。

 ズキズキと痛む前頭部を右手で押さえつける。


「嘘じゃん……」


「……地の魔導師様とはいつか必ずお逢い出来ます! ですから、元気を出して下さい!」


「大声出さないで」


「あっ! すみません……」


 では、眠れぬ夜をまた過ごさなくてはいけないのだろうか。

 これでは俺の身体が持ちそうにない。

 溜め息を吐いてみたが、自分が悪いのだ。カイルに八つ当たりをしてはいけない。

 自制心を働かせ、頭から手を離した。


「……やっぱり、会議遅刻するって言っといて」


「分かりました」


 少し気持ちを切り替えよう。今日くらいはアレクとフレアも許してくれる筈だ。

 去っていくカイルを見送り、何か楽しい事を考えようとしてみる。

 しかし、何も思い浮かんでこない。魔導師になってからは特にそうだ。

 唸りながら、頭痛が良くなるのを待っていた。

 結局、遅刻したのは三十分程だろうか。

 いつも仲間たちが集う会議室の扉を押し開いた。


「よ!」


「クラウ、頭痛は治った?」


 恐らくは談笑していたであろうアレクとフレアは、いつもの笑顔を俺に向ける。


「うん、大分良くなったよ」


「寝不足なんじゃねーのか?」


「多分、ね」


 アレクの向かいの席に座り、ほっと一息ついた。


「百年ぶりの地の子だもん。寝不足にもなるよね」


 フレアはアレクの隣で嬉しそうに「ふふっ」と笑う。


「今日、地の子に逢えるって勘違いしちゃってさ、テンションダダ下がりだよ」


「オマエらしいっつーかなんつーか……」


 アレクも頭を掻いてはいるが、やはり何処か嬉しそうだ。


「今日の議題は?」


「なんも考えてなかった」


「……はっ?」


 議題が何も無いのに、俺たちを呼び出したのだろうか。

 いつもの計画性の無さに段々と腹が立ってくる。

 ニカっと笑うアレクに目を細めた。


「んな顔しなくても良いじゃねーか。良い暇つぶしになるだろ?」


「それはそうだけど……」


 アレクは分かっていない。俺が二人に対して疎外感を抱えている事を。


「フレアは体調に変わりねーか?」


「うん、大丈夫だよ」


「そーか」


 二人が仲睦まじそうにすればする程、俺が立ち入る隙は無くなってしまう。


「またキャンディー用意しとくからな」


「ありがとう」


「あぁ」


 早く会議が終わらないだろうか。

 目を伏せ、二人には分からないように、そっと溜め息を吐いた。


「クラウ?」


「……ん?」


「大丈夫? また頭痛くなってない?」


 そんなに冴えない顔をしていただろうか。

 顔を上げると、心配そうなフレアの顔があった。


「大丈夫だよ。考え事してただけ」


「そう」


 フレアはその表情のまま、今度はアレクの顔を見上げる。


「思い詰めなくても、地のヤツには直ぐに会えんだ。もっと明るい顔しろよ」


 無理難題を言うな、と思うと同時に、やはりアレクは分かっていないと眉間に皴を寄せた。

 そんな俺に、アレクは肩を竦める。


「……そーだ! 地のヤツをどーやって迎えるか考えよーぜ!」


「歓迎会やるの?」


「あぁ。楽しそーじゃねーか?」


 アレクにしては名案かもしれない。

 フレアの顔にも明るさが戻っていく。


「あたしは花火を打ち上げるよ。二人はどうするの?」


「オレは料理でもてなす事しか考えつかねー」


「俺は……うーん……」


 いきなり企画を考えようとすると、なかなか案が出てこないものだ。今回の俺も例外ではなく、何も出てきてはくれない――かと思われた。


「あっ」


 一つだけ閃いたのだ。


「何?」


「氷の花束、贈ろうかな」


 カノンも好きだったラナンキュラスの花――地の子も好きだろうか。


「良いアイデアだね」


「よし、花火も打ち上げんなら夜の方が良いな!」


 こうして胸が高鳴るのは何時振りだろう。心臓の鼓動に合わせてか、頬も段々と熱くなっていく。

 地の子に逢えるのが楽しみで堪らない。


「それで、日にちは?」


「それは……もー少し地のヤツの状況を見てからだな」


 地の子が異世界から来たということを考慮しての結果だろう。

 その日がなるべく早く来て欲しいなと、小さく頷いてみる。

 ただ、気がかりな事もあるのも事実だ。


「……あのさ」


「どーした?」


「俺がカノンを探してた事、地の子には内緒だよ? 恥ずかしいし……」


 何より、地の子に重く思われたくないのだ。

 俺がそんな事をしていたと知れば、いくらカノンの生まれ変わりだと言っても同情するのだろう。そんな愛情なら欲しくない。

 アレクは意地悪そうに、フレアはにっこりと笑う。


「大丈夫、あたしは言わないよ」


「オレも保証は出来ねーけどよー、一応、考えといてやる」


「良かった」


 警戒はしてしまったが、アレクもそこまで馬鹿ではないらしい。ほっと胸を撫で下ろした。

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