第41話
「君は、僕にどうしてほしいの?」
真は美結に問う。
美結は淡々と答えた。
「本当にふたりのあいだに愛があるっていうなら、それを証明して欲しいだけですよ。キスくらい。恋人同士ならできるはずです。普通のことをいってるだけですよ。私たちは理解に混乱してるんです。矛盾を解いて欲しいだけです」
「君は、もう少し賢いのだと思った。でも、僕のかいかぶりすぎだったようだ……」
「キスは恋人同士であることを証明できる方法のひとつ。そして、直があなたに無理強いされているかどうかは、してるところを見ればわかる。直は正直だから嫌なことは我慢できないんです。私は、あなたよりずっと直のことをよく知ってる」
真は目を細くした。黙ったまま美結を見つめてなにもいわない。緊張感をまとう沈黙に、空気が凍りついている。これ以上は、もうたえられない、という様子で優香が挙手して声を出した。
「じゃっ、じゃあ。軽く一回だけっていうのはどうですか。ライトでいいから。いまここでしたら、美結もうちらもスッキリするっていうか。ほら、きょうはせっかくお祝いの日なんだし。キスくらい、ね」
「……俺、ディープが見たいかも」と、たわむれのすぎる軽口が小さく飛んだかと思えばそれがトリガーとなった。ひかえめで、小さな『キスコール』はどんどん拍車がかかっていく。
——これは、悪い夢。
直は、美結を見た。この悪ふざけのすぎる騒ぎをいつもの美結なら止めてくれるはずだった。しかし、友人はひじを抱えて静観しているのである。
——もうのっぴきならない、と思ったそのときだった。
目の前に立っている真に手首を引かれた。彼は、彼女の体を自分のほうへ向けさせて、近づけて、すぐに手を離した。
皆は、なにかを勘違いしたのか、とにかく高調子のひやかし声をあげヒソヒソと盛り上がっている。ふくらむ期待に応えるかのように、真は直と顔の距離を近くした。
突然だった。
真は両方の腕を持ちあげた。彼はそっと直の両耳に彼の手を置いた。直は、耳をふさがれた。
そのとき、直はどうしてなのか、反射的に勝手に腕が持ちあがった。
真の頬骨あたりまで両手を伸ばし彼の耳をふさいだ。真の耳にふれると、氷のようにひんやりしていた。
それから直は、一旦まぶたを閉じて、ゆっくり持ちあげた。真はまっすぐ、直だけを見つめている。
『好きだといってる……君は僕の希望なんだよ……』
——真の声がする。
直の声が聞こえる。
……うそ。真?
どうしたの。
ごめんね。
なぜ、あやまるの。
ううん。きてくれてありがとう。
ねぇ、直。
なに?
いこうか。
……ケーキがまってる?
ほかになにがあるの。
「ほかになにがあるの。」を聞いた直は笑った。彼女の笑みを見た真も頬がゆるんだ。
「ね、ねぇ、あれってなにしてんのかな」
直と真は、お互いの耳をふさぎ合いっこしている。見つめあっている直と真に、皆は当惑している。
「でもなんか、……ロマンティックかも」
「確かに、なんかいいな」
それを耳にした美結は、眉を寄せて手をぎゅっと握った。「なんで。なんでよ」と美結は悔しそうにささやいた。
直と真は互いの手をおろした。
「バイバイ」
直は、美結や優香たちに手をふった。
腕を組むこともなく。手を繋ぐこともなく。ただ歩調を合わせて、ふたりは学校から去った。
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