第42話


 四月。大学の入学式から数日が経った。


 直はキャンパス内の一本通りを歩く。 

 前方で集まっている男女の集団に目をむけた。そのグループの中に美結を見つけた。茶髪に染めて薄化粧しているのか、すっかり垢抜けた。美結は直に気がついていないようで、直もそしらぬ顔で通り過ぎた。

 

 大学校内のベンチに腰かける。プレイリストを聴きながら、青空をあおぐと飛行機雲が伸びていくのが見えた。

 直は、あごを引いてスマートフォンの画面に目を落とした。とあるサイトの掲示板を閲覧する。スクロールする指の腹が停止して、彼女はその投稿を黙読した。 


 ——『エースは罪だっていってる人がいた。正直、笑ってしまった』—— 


 ぼんやりしていると、(顔あげて)とメッセージが入って驚いた。とっさに頭をあげると真がいた。直は、音楽を聴いていて彼の気配にまったく気がつかなかった。イヤホンをはずすと、真はとなりに腰をおろした。

 

「なに聴いてたの?」

「アンチ・ヒーロー」

「直、それ好きだね」

「これは、ブリーチャーズとコラボしてるやつのほう」 

 真は、それねとうなずく。笑い返すと、直は蒼穹をあおぎみた。


「ねぇ、真。いま思ったこと、いってもいい?」

「いいよ」

「好き」

 

 そういって直は少しあごをあげた。初夏の木の葉をそよ風がゆらした。さわさわと音を立てた樹木を見上げている。

 

「あの花が?」

 真はとぼけた。逆光に照らされてハナミズキの花びらは輝いる。

 

「ねぇ、真。覚えてる?」

 午後の青空に一筋の線を引く飛行機曇を見て直はいった。

「私たちがはじめて会った日のこと」

「覚えてるけど、あの実習はあまり思い出したくないかな」

 そういって真はベンチの背もたれに深く寄りかかった。

 

「ちょうど一年前だよね。私、あのころには二度と戻りたくない……でも、つらい過去があるから、いまの私がいるでしょ。そう考えたら、いやな過去でも否定しちゃいけないって思ったの。それを受け入れて初めて、いまの自分を誇らしく思えるよ」 

 真は寡黙なまま直の横顔を見ていた。

 

「ハナミズキの花言葉って『逆境にもたえる愛』なんだって。ロマンティックだよね」

「そう? ロマンティックかな」

「でも、私思うんだ。逆境にたえるために、愛が必要なんだと思うんだ」

「直、」と真は名前をよんで、彼女の顔を自分へ向かせた。


「……がんばったね」 


 真はつぶやいた。直はまっすぐした顔で真の瞳を見つめていい返す。


「真も、がんばったね」 


 彼は、ちょっとこそばゆげな笑みをみせた。

「あぁ、やった。真が先に笑った!」

「いや、直のほうが先に笑ってたからだよ」

「ちがうよーもう!」 

 

 直は、日差しで顔を洗うようにもう一度空を見上げた。

「ねぇ真、またあそこにいこうよ」

「え、あそこってどこ?」

「海を見に。いこうよ」


 


 —— 。

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