第32話
十二月三十一日。クリスマスより国民的な一日である大晦日は、やるべきことがめじろおし。家族や友人と一夜かぎりのテレビ番組を。今夜食べる蕎麦は、
—— 直は、正月休みにひたっている心の余裕がなかった。月末に入試を控えている。冬休みが明け、高校生活最後の学期が始まるといっきに受験ムードが高まった。
正月の人混みを
「おみくじは引かない」
遠目から、みくじに一喜一憂する若者達を見ていた直はそういった。
「どうして?」
「自分のことは自分が一番わかってる。自分を信じてるから」
その答えを真顔で述べた彼女にむかって「なるほど」と真は笑った。
「でも、お守りは買う!」と態度が一変した。
「こればっかりは仕方ないね」と真は目尻を下げた。
「白、赤、紫。直は、どの色が好き?」と真はたずねたが、直が答えるのと一緒に「紫!」とハモった。
ちょっと待ってて、と真に声をかけられてその場で、直は待機する。彼のあとを目で追いかけた。
「えっ、いいよ。真」
「僕にできることは、もうこれくらいしかないから」
紫色の学業守を購入する真を止めようとしたが、彼は穏やかに払いのけた。
知恵の輪以来、真からもらったプレゼントに直は喜んだ。
「ありがとう。がんばる」
「合格ラインに達してるんだからもう心配ない。あるとすれば当日、無事に試験を受けられないことくらいだよ」と、真は軽いノリで口を運んだが直は本気にして青ざめた。
「ごめん。冗談だよ?」
「そんなことになったらどうしよう」
「あーもう。ごめん忘れてよ、わるかったね」
願かけの目的を遂行すると、直はすぐに真と別れた。寄り道もせず帰宅して勉強を再開した。受験当日まで残り十四日を切っている。
*
十日後。その日は、通学時からひどく冷えこんで空気が凍てついた。お昼休みのあとには曇天から真っ白な雪が舞い降りた。
「そういえば……」と直は今朝の天気予報を回想する。明後日の試験当日も、目下のところ曇りときどき雪だと天気キャスターは見越していた。
教室は、いやにしんとしていて殺風景だった。受験を控えて欠席するクラスメートも目立つ。
「はぁ。どうしよう。緊張であんまり眠れないな」と、独り言をもらして机上に頬をつけるとひんやり冷たかった。
「ちょっときて日向さん!」
大声で名前を呼ばれて飛びおきた。教室のドアのところで担任の伊藤が手招きしている。 伊藤は血相を変えて待っている。直は、同級生からの視線を感じつつ席をたった。廊下にでると身をきるような寒さだった。
・・・
——はい。
着信にでた真は、相手がなにもしゃべらないので応答するように促した。
「直。どうした?」
しかし、電話のむこうから言葉が返ってくる気配はない。
「直、きこえてる? なにかいって」
「……まこと」
それはあまりにも覇気のない声だった。真は、腕時計を見た。時刻は午後三時半を過ぎたところ。
「もう、学校おわったの?」
反応が返ってこない。直後の長い沈黙は、彼女によくないことが起きていると真に伝えていた。
「いまどこにいる?」
「……病院」
「え?」
「……試験、受けられないかもしれない」
「……どういうこと?」
「ごめんね」
真は、直が大きく息を吸いこむのを聞いた。それから、ゆっくりはきだす吐息は、ふるえていた。直は、おそらく泣いている。
「ごめんね」
「大丈夫。落ち着いて」
「お母さんが、たおれた」
「……それは、いつ?」
「きょうの午後、仕事中に。まだ目を覚まさないの。先生や病院のひとは、家に帰って予定通り試験を受けなさいっていうけど、でも私とてもそんなこと……」
真は、状況把握に時間を費やさなかった。彼は、すぐさま言葉を送り返す。
「聞いて、直。いまは、周りの人のいうとおりにしたほうがいいかもしれない。お母さんのことは、病院に任せるべきだと思う。君は家に帰って少し休んだほうがいい」
すると、直の声は聞こえてこなくなった。真はそれ以上言葉を重ねることをせず、彼女の声を祈るように待っていた。
「……わかった」
「大丈夫か。ひとりで帰れる?」
「……うん」
「できれば、家に着いたら連絡して」
「うん」
通話は切れた。真は、しばらくスマートフォンの液晶に目を落としていた。
それから約一時間後、直から(帰宅した)とメッセージを受けとった。
真は、(試験を受ける準備はしておくべきだ)と返した。直からは、(そうする)と返信を受けとった。
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