第21話 酒呑童子VS烏天狗
「やっと辿り着いた……」
恭一郎は息を切らしながら東雲の寺に辿り着いた。涼晴に山の麓までは送ってもらったはいいものの、鋪装のされていない山道をオートバイで走るのは不可能だったため、そこから先は自分の脚で登る羽目になった。
こういう時、酒呑童子は役に立たない。恭一郎の隣で「さっさと歩け」と茶々を入れるだけだった。
すでに満身創痍だったが、休んでいる暇なんてない。恭一郎はすぐさま門をくぐった。
その直後、妖の気配を感じた。目を凝らして周囲を見渡すと、巨大な木の上に濡羽色の髪をした少年がいた。背中には黒い羽が生えている。
「烏天狗……」
恨みを込めて烏天狗を睨みつける。烏天狗は恭一郎の威嚇をものともせず、颯爽と飛び降りた。
「主に誰も通すなって命令された。言いつけ守る」
少年のような声で呟いた直後、烏天狗は恭一郎目掛けて飛んできた。
「うおっ」
烏天狗の突進を交わすと、酒呑童子が眉を顰めながら助言した。
「小僧、あいつに触られないようにしろ。神足通で飛ばされるぞ」
「神足通ってなんだ?」
「瞬間移動だ。望んだ場所に瞬間的に移動できる能力だ」
「触られたら山の麓まで逆戻りってか? 冗談じゃない!」
やっとの思いで辿り着いたのに、振出しに戻るなんてあんまりだ。烏天狗に掴まるのは絶対に避けたい。
恭一郎は烏天狗から逃げた。しかし簡単に逃亡が許されるはずもなく、烏天狗は風のような軽やかな走りで恭一郎を追いかけた。
「まるで鬼ごっこだな」
恭一郎は烏天狗から逃げつつ、酒呑童子に指示をする。
「酒呑童子! 烏天狗を止めろ!」
「祓ってもいいのか?」
「流石に祓うのはマズい。次期当主の妖を祓ったとなれば、いらん対立を生む。祓わない程度に力を押さえろ」
「面倒なことを言う奴だ。まあよい、軽く遊んでやろう」
酒呑童子は金棒を取り出し、烏天狗の鼻先に突きつける。酒呑童子が戦闘態勢に入ると、烏天狗は真顔で刀を構えた。
「天狗は神だ。鬼なんぞに負けん」
「ほう、威勢だけはいいんだな。その鼻へし折ってやる」
酒呑童子を鼓舞するように恭一郎は妖力を送り込もうとする。しかし、足を止めたところで烏天狗が恭一郎のもとまで飛んできた。
肩に触れられそうになったところで、何とか身をかわす。あと一瞬反応が遅れていたら危なかった。
とはいえ、足を止めたら狙われるというのは厄介だ。これでは酒呑童子に妖力を送り込めない。
どこかに身を隠せる場所があれば隙を見て妖力を送り込める。そこで目に留まったのが本堂に隣接する墓地だった。墓地なら墓石の影に隠れながら妖力を送り込める。
恭一郎は墓地に向かって走り出し、墓と墓の間を駆け抜ける。その後ろを烏天狗と酒呑童子が刀と金棒を交えながら追いかけてきた。
「ちょこまかと小賢しい奴だ」
酒呑童子が金棒を振り上げると、傍にあった墓石に激突する。墓石はグラリと揺れて地面にひっくり返った。
「うわぁ……罰当たりな……」
恭一郎はヒクヒクと口の端を持ち上げながら妖達の戦闘を傍観する。墓を荒らした実行犯は酒呑童子だが、墓地に誘い込んだ恭一郎にも責任の一端があるような気がした。
とはいえ、いまは墓の心配をしている場合じゃない。墓石の影に隠れながら両手を組んで念じた。
その直後、酒呑童子の身体が紅蓮の炎に包まれた。烏天狗に翻弄されていた酒呑童子だが、妖力を送り込んでしまえばこっちのものだ。
こうなれば、どんな妖にも負けない。
烏天狗は酒呑童子に任せて、恭一郎は墓地を抜け出す。そのまま本堂に向かって走り出した。
すると騒ぎを聞きつけて、大駕が血相を変えて飛び出してきた。
「何の騒ぎだ!」
「あ、やべ……」
墓を荒らしたことがさっそくバレてしまった。墓石が倒れ、卒塔婆がへし折られ、お供え物が地面で潰された惨状を見て、大駕は膝から崩れ落ちた。
「あー、その、大駕。墓を荒らすような真似をしてすまなかった。だけど悪気はなかったんだ」
「悪気がなかったとしても、これはあんまりだろう、恭兄……」
不意に昔のあだ名で呼ばれたことに恭一郎は面食らう。それは恭一郎と飛駕、そして大駕と邦光がまだ仲の良かった頃に呼ばれていたあだ名だった。もう10年以上も前の話だ。
とはいえ、いまは昔話に花を咲かせている暇はない。恭一郎は大駕に詰め寄った。
「嫁がここに来ているはずだ。さっさと居場所を教えろ」
「……分かった」
意外にもすんなり承諾してくれたことに恭一郎の方が驚いてしまった。
「普通に教えてくれるんだな」
「恭兄とやり合っても勝てないことは分かっている」
「そうか。お前は兄と違って利口なんだな」
大駕は複雑そうな顔をしながら溜息をついた。
「こっちだ」
恭一郎は大駕の後を続く。その道中で、大駕は思い詰めた様子で恭一郎に告げた。
「最近の兄者は変だ。争い事を自ら起こそうとしている」
その言葉で、先日邦光が話していた内容を思い出す。
「妖の力を軍事転用するって話か?」
「ああ、そうだ」
「それは東雲家の総意なのか?」
「……いや、俺は正直反対だ。殺生は戒律に反する」
その言葉を聞いて、恭一郎は小さく息を吐く。それから自分よりも背の高くなった大駕の頭をポンと撫でた。
「お前は昔から優しい奴だったからな」
大駕は大きな背中を丸めながら呟く。
「兄者だって昔は優しかった。どうしてこうなってしまったんだろうな」
その理由には心当たりがあった。
恐らく召喚の儀から歯車が狂ってしまったのだろう。
「ここだ。兄者と嫁はこの中にいる」
「おう、案内ありがとう」
「俺は墓の修繕に行ってくる。兄者が殴られる姿は見たくないしな」
大駕はそそくさと去っていった。その背中を見送った後、恭一郎は意を決して本堂の戸を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます