第13話 東雲家の密談

 帝都から離れた山奥に、東雲家が代々守っている寺が存在する。


 蝋燭の灯りだけが灯る薄暗い本堂では、金色の髪をした目つきの悪い男が、三人の美女を侍らせていた。


 彼らの背後には絢爛豪華な仏壇がある。中央に鎮座する仏像は、彼らを咎めるようにじっと見下ろしていた。


 男は我が物顔で女の肩を抱く。肩を抱かれた女は、媚びるように男に身を預けた。


「飛駕様、よろしいのですか? 寺で女を侍らせて」


 女から指摘されると、男は翠色の瞳を細めながら、にやりと口の端を持ち上げる。


「よろしくはないだろうね。だけどさ、背徳感があったほうが燃えるでしょ」

「うふふ。東雲家の次期当主とは思えない発言ですね」


 美女を侍らせている男は、東雲家の次期当主、東雲飛駕。恭一郎とは尋常小学校からの同級生だ。


 東雲家は代々天狗の妖を使役する力を持っており、飛駕は烏天狗からすてんぐと呼ばれる妖を従えていた。剣術と神通力に長けている妖で、都に降りて来ては子供を攫ってきた過去を持つ。


 酒呑童子や玉藻前ほど強力な妖ではないが、東雲家では最高位の妖だった。


 烏天狗は本堂の隅で膝を抱え、主をじっと見つめている。濡羽色の髪をしたあどけない少年の姿をしているが、背中に生えた猛禽類を思わせる羽が生えていることから、この世のものではないことを伺わせた。


 女を侍らせる飛駕と、それを黙って見つめる烏天狗。異様とも言える光景に包まれる中、突如本堂の戸が開いて長身の男が中に踏み入った。


「兄者、本堂に女人を招くとは何事だ。こんなことが父上に知られたら、ただでは済まないぞ」


 長身の男が苛立ちを露わにしながら咎める。しかし飛駕はまるで意に返していなかった。


「死にぞこないのジジイに何ができるって言うんだよ。堅いこと言ってないで、お前も一杯飲め」

「……酒は戒律に反する」

「けっ……くだらねえ戒律なんて守りやがって」


 飛駕は眉間にしわを寄せる弟を鼻で笑った。


 本堂に踏み入って来たのは、飛駕の弟の大駕たいがだ。山伏装束をまとっている巨漢で、瞳は飛駕と同じ翠色をしていた。細身の飛駕と比較すると威圧感がある。


 大駕は兄を見下ろしながら低い声で告げる。


「安隅の件で報告がある。女人を払ってくれ」


 その言葉を聞くと、飛駕の瞳がギラッと好戦的に輝く。口元にはにやりと怪しげな笑みを浮かべた。


「そういうことなら仕方ないな。お嬢さん方、悪いんだけど今日はもう帰ってくれ」


 突然帰るように命じられた女達は不服そうに表情を曇らせる。しかし、逆らえる立場ではないと判断したのか、文句を言うことなくその場から立ち去っていった。


 女達が本堂から出て行くのを見届けると、大駕は床に正座した。


「それで、報告っていうのは?」


 飛駕が口元に笑みを浮かべながら尋ねると、大駕は淡々と報告をした。


「政府から要請のあった軍事協力の件で、安隅の革新派と話をしてきた。革新派は軍事協力に乗り気だったが、安隅家全体を意見を変えるのは容易ではないらしい。安隅の現当主は中立を貫いているようだからな」


「どっちが得か伺ってるんだろう。あの家は昔から損得勘定で動くからな。狐というよりも狸だ」


 飛駕は見下すように鼻で笑った。


「まあでも、中立ならこちらに傾く可能性は十分ある。こっちと手を組んだ方が得だと思わせればいいんだ。何か起爆剤があれば、こっちに傾く」


「起爆剤とはなんだ?」


 大駕が尋ねると、飛駕はにやりと意地悪く笑った。


「榊と安隅の和平のきっかけになったあの夫婦を狙う。恭一郎とその嫁の関係が崩れれば、両家は再び敵対する。そのタイミングで安隅をこっちに引き入れるんだ」


「二対一で榊家を潰そうという算段か?」


「そういうことだ」


 飛駕の考えを聞いた大駕は、どこか浮かない表情で視線を落とす。


「なあ、兄者。なぜそこまでして世を引っ掻き回そうとする? 軍事協力だって俺は正直、良いことだとは思っていない。兄者の命令だから協力しているが……」


 迷いを見せる大駕に、飛駕は両手を広げながら持論を展開した。


「戦争は金になる。それくらいお前も分かるだろう。政府に協力したら、莫大な金が流れてくる。このおんぼろの本堂だってあっという間に建て替えができるさ」


「うちが資金繰りに苦労しているのは知っているが、それだけで人殺しに加担するというのは……」


 兄の意見に賛同できない大駕は、俯きながら拳を握る。そんな弟に、飛駕は目を細めながら尋ねた。


「大駕、お前はさ、この世界が好きか?」

「どういうことだ?」

「妖が蔓延はびこるクソみたいな世界が好きかって聞いてんだよ」


 大駕は俯きながら考える。二呼吸ほど間を置いた後、力なく首を左右に振った。


「そんなこと、考えたこともない……」


 大駕の意見を聞くと、飛駕は小さく笑った。


「だろうな……」


 それから飛駕は闇を宿したような瞳で天井を仰いだ。


「俺は嫌いだよ。こんなクソみたいな世界はぶっ壊れればいいと思ってる」


 それはまるで呪いの言葉だ。


 兄の抱える闇を垣間見た大駕は、息をするのも忘れて固まっていた。沈黙が流れた後、大駕は小さく溜息をついた。


「病的だな。兄者の思想は」


 その言葉を飛駕は鼻で笑って流した。

 兄の考えは簡単には変えられないと悟った大駕は、話を本筋に戻す。


「それで、榊夫婦の関係を壊すといのは、具体的にどうやってやるんだ? いくら烏天狗が付いている兄者だって、あの二人とやり合うのは分が悪いだろう」


「あんな化け物連中と正面切ってやり合うつもりはねえよ。戦わずとも確実に因縁を残す方法がある」


「因縁を残す?」


 大駕が訝し気な視線で尋ねると、飛駕はにやりと笑いながら策を明かした。


「恭一郎から、あの女を奪う」


 大駕は眉を顰めて真意を探る。


「奪うというのは、烏天狗を使って攫ってくるということか?」


「攫ってくるだけじゃねえよ。身も心もこの俺に向くように仕向けるんだ。嫁が不貞を働いたとなれば、二人の関係は一気に崩れるだろう」


「要するに、榊の嫁を兄者に惚れさせるということか?」


「そうだ」


 自信過剰ともいえる策を聞かされた大駕は、白けたように顔を引き攣らせた。


「兄者、その自信はどこから……」


 怪訝そうな顔をする弟に構うことなく、飛駕は自信に満ちた表情で自画自賛した。


「俺に落とせない女はいない。恭一郎からあの女を寝取ることだって容易いだろう」


 その言葉を聞いた大駕は、大きく溜息をついた。


「榊の嫁が目つきの悪い男が好きだといいな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る